新フィールドノート
−その98−



ヤンガー・ドリアス期
名古屋大学情報科学研究科 広木詔三


 昨年は鏡ケ池の桜並木の紅葉が十一月の半ば過ぎまで見ることが出来た。例年より一週間から十日ほど延びた感じだ。ソメイヨシノの葉は秋の早い時期には、はやくも散ってしまうものだ。比較的暖かい日が続くなかにも、ときおり寒い日がやってくる。その寒さのなかでも、鏡ケ池の並木は深紅の葉に輝いていた。名古屋市内の各地のソメイヨシノの葉はみないつもの年より紅く映えていた。
 地球温暖化の危険性は一九八十年代には指摘されていたのだった。だが、地球の平均気温を求めることはなかなか困難をきわめ、実際に気温が上昇していると認められるようになったのは比較的最近のことだ。しかしながら、気温の測定そのものも正確さを期するのはなかなか困難で、都市気温の上昇とは区別しなければならない。それでもおおよそ0.6℃/100年という値が最近見積もられた。温暖化によって高緯度地方の方が気温の上昇が激しいと考えられている。高緯度地方の凍土が融解すると、土壌中のメタンガスが解き放たれて、温暖化の正のフィードバックが働き、温暖化が加速される可能性もはやくから指摘されていた。
 最新の研究成果でも仮説的段階であることは免れないが、最近の異常気象と対流圏の不安定化との関連が解明されつつある。太陽からの光エネルギーで暖められた赤道付近の海水が蒸発し、その一部は偏西風となる。上空ではジェット気流として高速で東へ向かう。温暖化によってこのジェット気流が分断され、従来とは異なる気象が一定期間継続して生じるという。二00五年には、あの有名なカトリナを含めて三つのハリケーンがアメリカを襲ったが、熱力学的なメカニズムによるこのようなハリケーンの発生に関する研究も始まっている。
 興味深いことに、温暖化が進むと、一時的にはヨーロッパが寒冷化する可能性が指摘されている。太平洋から大西洋にまたがって深い海の底を流れる深層海流の存在が知られているが、温暖化によってこの深層海流の流れが断ち切れると、熱帯から運ばれている海水が供給されなくなるので、ヨーロッパ近海は寒冷化してしまうというのである。このことを池内了氏は『転回期の科学を読む辞典』の中で、パラドックスと称した。その詳しい話は、ブルーバックスの『謎解き・海洋と大気の物理学』に載っている。花粉分析の分野で今から一万年以上も前に、最終氷期から温暖化が始まる過程で、およそ一000年ほど寒冷な時期が出現したことが知られていた。この時期はヤンガードリアス期と呼ばれている。この時期の寒冷化の現象は上記の深層海流の動きと関連があるのではないかと言われている。
 ところで、産業による化石燃料の消費の増大に歯止めをかけようという世界的な動きがある。
 一九九二年に、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで地球サミットが開催され、そのとき気候変動枠組み条約が提案された。この条約は一九九七年に京都で合意にいたり、アメリカが離脱するという紆余曲折を経てようやく二00五年に発効した。世界的に産業界の巻き返しで、温暖化は間違いだとう反論も多いが、もはや否定できない事実と言えよう。科学的な真実はさまざまな反論を受けながらも、新たな事実の積み重ねによって洗練されていくものだ。ただ、複雑な自然現象は、簡単に因果関係を定められないので、近年の大型の台風とかアメリカのハリケーンが直接地球温暖化によるものだとはまだ今のところ断定できないようだ。しかし、蓋然は高いと言えよう。
 温暖化は、私の研究対象としている森林の動態にも大きく関わっている。しかしながら、種の分布拡大や縮小の問題はようやく気づかれたという段階である。


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