新フィールドノート
−その86−
照葉樹林の本場、宮崎
名古屋大学情報科学研究科 広木詔三
二千四年がまもなく過ぎようとしている。今は十二月十二日、日曜日。明日の午前と四限目の授業の準備を終えたばかりだ。かけはしの原稿の締め切りもいつもより早く、明日の十三日までだという。
話は、十月二十九日にタイムスリップする。小牧空港を発って、宮崎に向かう。宮崎市で開催される植生学会に出席するのだ。三十一日の日曜日に入っていた予定を何とかキャンセルして、学会への参加が可能になった。三十日の土曜日に、最も重要な講演が詰まっているのだ。三十日に名古屋に帰ると、その重要な講演の話が聞けないでしまうので、学会に行く意味がなくなってしまう。
この植生学会は比較的新しく発足した学会である。とは言っても、学会が出来てかれこれ十年以上は経っている。私は、この学会に、毎年参加しているわけではない。私は、日本生態学会をメインに7つの学会に所属している。毎年、会費を払うのもたいへんである。
この植生学会に、今年はどうしても出席したい理由は、学会が宮崎で開催されるということと、本場の照葉樹林に関する情報が多く得られるからである。照葉樹林というのは、シイやカシのような葉が常緑の樹木からなる森林の名称である。
さて、空港で、旅客機に搭乗し、離陸して間もなく、機内アナウンスがあった。今日は宮崎市は天候が不順で、宮崎空港に着陸出来ない恐れもあり、着陸出来ない場合は、福岡空港か鹿児島空港に着陸するのでご了承下さい、というのである。二十九日の晩に、福岡に着陸して、福岡市内に宿泊したら、次の三十日の大事な講演が聴けないではないか。鹿児島だってとても不便だ。この間、台風が発生していないので、安心していたのに、何ということだ。
宮崎に近づくにつれて、雲が多くなり、飛行機が下降すると雲の下に出た。当然、雨が降っている。でも、無事、機体は宮崎空港に着陸した。これまでは、飛行機が墜落しないことに神経を尖らせていたが、今回はただひたすら宮崎空港に着陸出来ますように、と念じるばかりであった。
宮崎空港からはJR鉄道が接続していて便利であった。名古屋からの参加は多くないようで、客の少ない列車は雨の中を宮崎市街に向かった。
宮崎駅を出ると、雨の吹きすさぶバス停で、長いこと待たされた。バスを降りてからも宿までは横殴りの雨の中をかなり歩かせられた。
ホテルマリックスは、翌日の懇親会の会場にもなっていて、その点は都合がよい。翌日、つまりお目当ての三十日の日のことだが、ホテルから宮崎大学まで直行するバスを出すという。それが何と朝の七時半に出発するというのだ。私は朝早く起きるのが苦手で、それでは朝食も取れないではないか。
発表の講演題目を見ると、重要な講演は幸い午後に集まっている。雨の中、ホテルマリックスを出て、すぐ横町に入ると、何と繁華街になっている。宮崎駅周辺がとてもさびれているのとは対照的である。とある居酒屋に入ると、何とサンマの刺身がメニューにあるではないか。八月の釧路で食べたサンマの刺身の味が格別だったことを思い出した。九州は焼酎の本場で、焼酎しかないのかと思いきや、ビールは当然あるという。釧路では寿司やだったが、宮崎では小さな店ではあったが、洒落れた店で、同じサンマの刺身の味でも、料理の手の入れ方で、また違った味わいを味わうことが出来た。
三十日の朝、私は比較的ゆっくり起きて、ホテルのバイキングの朝食を取り、宮崎駅まで出て、宮崎大学行きのバスに乗る。かなりの距離があり、一時間近く掛かった。バスが郊外に出ると、さすが本場だけあって、建築物のまわりを取り巻く植物は見るものほとんどすべてが常緑広葉樹である。途中にかなり背の高いヤシの並木にも出会う。終点の宮崎大学に着くと、まだ雨が降っている。宮崎大学は農学部と教育学部からなるこじんまりした大学で、キャンパスも狭い。最近、宮崎医科大学と統合して、医科大系の学長が大学を牛耳って、末が思いやられるという噂を聞いた。
いくつかの学会発表を聞いてわかったことだが、九州南部、つまり鹿児島や宮崎でも落葉広葉樹は結構分布するということだ。森林の伐採後や、台風による撹乱の後や、さらには谷間に落葉樹が発生するそうだ。撹乱後に出現する落葉樹は何も九州に限らず、例えばカラスザンショウや東山丘陵にも分布するアカメガシワなどは森林の林床の土壌中に種子が散布されていて、森林が伐採されて陽の光が入ると、種子が発芽してすばやく成長することはすでに知られている事実である。地上を覆っている樹木が取り除かれ、太陽の光が地中に届くと、地温が上がり、それまで眠っていた種子が発芽するのである。競争相手が除去されて、のびのびと成長できることを、あたかも知っているかのようなのである。
重要な発表は二つあった。イチイガシや主に九州のみに分布するハナガガシを含めたカシ類の分布と生態的特性に関するものがその一つである。シラカシやアラカシ等の本州にも多いカシ類については私のこれまでの推測が間違っていないことを裏付けてくれた。もう一つは、イスノキとシイ類やタブノキの分布に関してである。
九州でも福岡のように冬に雪が降り、気候的には名古屋とそう変わらない地域と違って、鹿児島や宮崎はより温暖で、イスノキが最も優占するということである。実は、わずかながら、そのような情報は存在していたので、やはりということを現地で感じとったという点が非常に重要である。本州で優勢なスダジイやツブラジイは九州ではマイナーなのである。
最終日は、宮崎市のはずれにある綾という町にある宮崎大学の演習林を見学するエクスカーションが組まれていた。だが、私は申し込みが遅れて参加することが出来なかった。その翌日には二限目の授業があるから、早めに帰るつもりで、エクスカーションには参加するつもりはもともとなかった。どのような場合でも、現場を見ることは重要であるが、上記の二つの発表で、理論的に理解できたので、現場を見る必要性は感じなかった。
三十日の夜にホテルマリックスでの懇親会の際に、エクスカーション現場のスライド映写が行われ、もう現場を見た気分にもなった。さらに、解説を聞くと、九州全体で、過去に森林伐採が過度に行われたこともわかった。
三十一日、十時過ぎにゆっくりとチェックアウトし、昼過ぎまでさびれた街をぶらつき、お茶を飲み、空港に向かった。豊橋の高校の先生をしている中西さんがエクスカーションから戻り、空港で出会った。雨の中を歩いてたいへんだったそうだ。
新潮文庫の『海ちゃん』という猫を子供と一緒に育てた本を空港の売店で買い込んだ。子供が猫を嫉妬する話があったりして、たいへん面白く、航空機の中であることを忘れるほどであった。作者は岩合(いわご)夫婦で、奥さんの日出子さんが海という猫を育て、カメラマンの光昭さんが写真を撮影したものだ。
とにかく多忙なご時世に、このような雑文を書くのは何度やめようかと思ったりもしましたが、とにかく百回までは続けようと思って頑張っています。また新たな年を迎えましたが、これからもよろしくお願い申し上げます。
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