新フィールドノート
−その75−



愛知県長久手町のハンノキの消滅の危機
名古屋大学 大学院人間情報学研究科 広木詔三


 名古屋市の東端に、猪高緑地がある。さらにその東側は長久手町が続いている。猪高緑地に接するこの長久手町で、異変が起きている。愛知万博の駐車場を造るために、猛烈な勢いで砂漠化が進行しているのだ。
 このような開発はこれまでもよくあったことではある。しかしながら、環境万博をうたい、会場内では自然破壊を極力抑えるよう努力しているのに、会場周辺では自然破壊が猛烈に進んでいることはたいへん皮肉なことである。
 つい最近、現場の視察に出かけたところ、写真のような広大な裸地が出現していた。日曜日にもかかわらず、ブルトーザーと土砂運搬のトラックが突貫工事で工事を進めていた。
 名古屋市の名東区と日進市および長久手町が接するあたりに淑徳大学が位置している。この淑徳大学のわきを通って猿投グリーン道路へ出て、海上の森へと行くことが出来る。何度か通ったこの淑徳大学のわきの道は長湫(ながくて)と呼ばれるなだらかな谷間の地形となっている。
 その道路の周辺にはハンノキが生育しており、そのうち調査をしようと考えていたのである。ところがすでにブルトーザーが入り、ハンノキがわずかに残されているのみであった(写真)。
 同行してくれた名東区の自然観察指導員の一人がもっと良い所を知っているというので案内してもらうことになった。見るも無惨な砂漠と化した赤土の広がる中をさらに奥へと脇道を車で乗り入れた。車を降りてから林の中に入り、小さな谷間を進むと、ハンノキの群生地が現れた。
 「里山の生態学」を出版してから、新潟の瀬沼賢一さんという方から連絡があった。私の本を見て、自分も同じ考えだと言うのである。何がかと言うと、サクラバハンノキが比較的痩せ地に生育するという点である。新潟平野とその周辺の丘陵にはハンノキとサクラバハンノキの両方が分布しており、調査の結果両者ですみ分けが認められ、サクラバハンノキの方が私の指摘どおり痩せ地に分布しているのである。
 名古屋市近郊は砂礫層地帯で痩せ地が多い。この砂礫層地帯の湿地には海上の森をはじめサクラバハンノキが分布しているのをよく見かける。サクラバハンノキが痩せ地に分布するというのは私の経験による勘であった。実は、愛知県におけるハンノキそのものの分布の実態を知らずに立てた仮説である。
 この仮説を新潟の瀬沼さんが実証してくれたのである。「里山の生態学」を出したことによって、研究の輪が広がり、サクラバハンノキの実態がより明らかになったのである。これをきっかけに、私は瀬沼さんの論文作成に付き合わされることになった。
 ところで、ようやく愛知県で出会ったハンノキがまさに消滅しようとしているのである。


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