新フィールドノート
−その56−



夢 う つ つ
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 これまでもきわめて忙しかったのであるが、この間の忙しさは筆舌に尽くし難いものがある。3月の中旬から下旬にかけて、三宅島での調査を行った。スコリア上でのオオバヤシャブシとハチジョウイタドリの実生の生残過程を追跡するのである。その三宅島での2回の調査の間に、日本生態学会が広島大学で開かれた。私は、日本生態学会の自然保護専門委員会において、愛知万博の問題を説明することになっていた。通常、委員会は大会の前日に開かれる。しかも、朝の9時からである。私は、花粉症なので、とくに春の朝は苦手だ。そこで、大会の始まる前のその前の日から広島に泊まることになる。せっかく、委員会の前日に広島市内に宿泊したのに、委員会の会場は、東広島市にある広島大学の近くの何とか会館である。朝七時に朝食を済ませ、素早く市電に乗った。思えば、一昨年(おととし)の秋、日本植物学会が広島大学で開催されたとき、ビジネスホテルを出てすぐ、市電に乗り遅れまいとして転んで一張羅(いっちょうら)のズボンに大穴を開けてしまったのだった(詳しいことは、「かけはしNo.210参照」)。ところで、市電で広島駅まで出て、JR広島駅から山陽本線で東広島駅まで出る。この時点ですでに九時をまわっているので、しかたなくタクシーに乗る。委員会には1時間も遅れてしまった。広島大学が広島市内から東広島市に移ってから久しいが、広島大学は遠いのである。
 私は、議題のあとのほうになっていた愛知万博の問題を早く取り上げてもらい、私の役目が済むと、早速とんぼ返りである。その日の午後に、名古屋でやんごとない会合があるのだ。この会合が済むやいなや、今度はまた広島行きだ。名古屋から広島までは新幹線でほぼ3時間掛かる。何か、無駄なことをしているような気がしないでもないが、あまり考えない。さて、明日からはいよいよ学会である。
 この広島の学会から帰ると、論文の校正原稿が届いていた。5日以内に校正して提出せよと言う。私は、三宅島に調査の予定が入っている。しかたなく、新幹線の中でも論文の校正を行った。英文であるから、新幹線の中での校正はきつかった。行きの新幹線だけではとても時間が足りなかった。また、帰りにも校正しよう。10時半に東京の日の出桟橋からカメリア丸は出帆した。さすがに船の中では論文の校正をする気が起こらなかった。この船に揺られてビールを飲むのが、また、たまらない。残念ながら船はほとんど揺れない。東京湾を出たころだろうか、船がだんだん揺れだしてきた。今度はコップ酒を手に入れる。ますます揺れてきたので、さすがに不安になる。何が不安かと言うと、船が三宅島に停泊できなくなることである。暴風雨で波が荒くなると、船は停泊できず、その時はまた東京まで戻ってしまうのである。最小限の日程でのスケジュールなので、それは困るのである。そのような心配はさておき、船がいくら揺れてもたいしたことはないのである。船がひっくり返るほど揺れることはないのである。そのうち、これまでにないほど大きく揺れだした。だんだん大きく揺れてうっかりすると逆さまになりそうなほど揺れている。さすがにこれはひっくり返るかも知れないなどと思っていると、ふと目が覚めた。現実の船は、揺れてはいたがそれほどではなかった。こんな夢を見るなんてよほど疲れていたに違いない。


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