新フィールドノート
−その48−
雑草排除奮闘記その3
名古屋大学情報文化学部 広木詔三
夏休みはかけはしも休刊で、7月は原稿を書かずに済んだ。ところが、もう8月もとうに半ばを過ぎてしまった。昨日、私のコンピューターにクエスチョンマークが出て、どうしても作動しなくなってしまった。技術部に電話を入れると、担当者が、それはハードディスクに寿命がきたのだとのたまう。私は、一切の仕事が当分出来ないのではないかと恐れおののいた。自分で言うのも何だが、私は、コンピューターで eメールと一太郎しか使用していない。だから、それほどの大事件というわけではない。しかし、今日中に、eメールで返事をしなければならないのがあるし、しかも「かけはし」の原稿を今日こそ書き上げようと決意していたのだから、この出来事は晴天の霹靂にも匹敵するしろものだった。
技術部の人に、見てもらい、何とか回復してeメールまでオーケーのところにこぎつけた。ハードディスクがいかれているのではないか、ということで最後の神だのみに、箕浦さんに来てもらった。ある特殊なソフトで、コンピューターを点検してもらい、かなり修復されて、また当分は使用できるようになった。そういうわけで、箕浦さんには頭が上がらないし、そういう次第で、また「かけはし」の原稿を書くことになったわけである。
これまで引き抜く対象としてきた雑草として、ハルジョオン、ヒメジョオンというキク科の草本や、ヤブガラシやヘクソカズラのようなつる植物について書いてきた。今回は、アレチヌスビトハギを取り上げよう。これは樹木に入るので、雑草というよりも雑木とも言うべきであるが、一見、雑草のように草むらにはびこる。その種子が衣服にくっつくので、子供たちが「引っ付きマメ」と称しているものだ。花そのものは、典型的なマメ科の蝶弁花であり、うすむらさき色の小さく可憐な花である。このアレチヌスビトハギは帰化植物で、やたらと繁殖して、秋ぐちには服にびっしり付着してなかなか取れなくてやっかいだ。このアレチヌスビトハギに近縁で、在来のヌスビトハギという種がある。このヌスビトハギは山間部の道ばたなどにひっそりと生育していて、花もやや大きめで、とても可憐である。それに対して、アレチヌスビトハギは繁殖力が旺盛で、いくら抜き取っても無くならない。たいへんやっかいなしろものだ。
アレチヌスビトハギは地上部を刈り取っても、また地下部にたくわえた養分を用いて再生してくる。写真には、夏のまだ花をつける前に、情報文化学部の建物周辺で茂っているアレチヌスビトハギが写っている。年に二度ほど業者が草刈りをするが、もとのもくあみである。しばらくすると、また写真のように密生してくる。やっかいなことに、花が咲いたあと、刈り込みが遅れると、種子がはじけてアレチヌスビトハギの数が増えてしまうことだ。草刈りは、アレチヌスビトハギを増やしこそすれ、減少させることはできない。この大学で雇って行う草刈りは、見た目に雑草を撲滅しているように見えるが、それは一時的なものに過ぎない。クロタネソウという可憐な花をつける植物が雑草に混じって生えてきたのに、業者は、無惨にもこのクロタネソウをけちらしてしまった。種子をつける前に刈り取ってしまったらしく、その後、姿を見かけない。それから、ヤブジラミもある一角に優占しだしたのに、実をつける直前に全部刈り取られてしまった。せっかく、私が、このヤブジラミが他の雑草に負けて消えてしまわないように、保護していたので、このことはひどく悲しいことであった。
私は、現在、アレチヌスビトハギの撲滅に挑戦している。アレチヌスビトハギの地上部をもぎとると、しばらくしてもう一枚の写真のようなかわいらしい芽生えが再生してくる。どんな雑草でも芽生えの時期はかわいいものだ。あの憎らしいゴキブリでさえ、生まれたてはかわいい。いくらかわいくても、ゴキブリの子供には愛着がわかないが。ところで油断してはならない。このアレチヌスビトハギのかわいらしい芽生えは、一月もほおっておくと、最初の写真のように大きく成長してしまう。だから、一度アレチヌスビトハギの地上部を刈り取ったら、すぐまた再生してきたものを小さいうちに摘み取ってしまわなければならない。しかし、また再生する。通常の樹木では、三、四回摘み取れば再生しなくなるのが、アレチヌスビトハギは何度刈り取っても再生してくるように見える。おそらく、刈り取る時期が少し遅いため、再生した葉が光合成をするとともに、養分の一部を根に戻しているに違いない。これはかっこうの研究テ[マだが、このテ[マの面白さは、私のようにアレチヌスビトハギと悪戦苦闘したものでなければ実感しないであろう。このアレチヌスビトハギを絶滅するにはほど遠いが、情報文化学部の周辺の一部では、アレチヌスビトハギが消えつつある。
多くの植物がこのアレチヌスビトハギのような再生力を有しているが、それは被子植物の特性でもある。裸子植物にもイチョウのように木を伐ったあと再生するものもあるが、多くの裸子植物は切り株から再生しない。被子植物も、潅木や草本のほうが再生力が強い。被子植物は、この旺盛な再生力をさまざまに生かして、多様な植物群を生み出してきたと考えられる。写真を見れば、ヤブガラシがいかに繁殖に成功しているかの様子が読みとれるであろう。
私が情報文化学部の周辺で雑草駆除に精を出していると、知り合いが通りかかって、たいへんだね、と声を掛けてくれる。ところが、私はこの雑草駆除は趣味で、実は楽しみなのだと応える。ときには、暑いさなかに雑草をむしっているとき、むしったあとから再生している雑草を目にして、悲鳴を上げそうなときもなくはない。
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