新フィールドノート
−その45−



蘇 生
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 3月の末に松本で日本生態学会があり、4月に入ってから京都で種生物学会の国際シンポがあった。種生物学会というのは、おもに植物を対象として進化と生態学とにまたがる分野をはば広く研究する人が会員となっている。私のように、森林のような群集を扱っている人間はほとんど参加しない。会場で、たまたま人間情報学研究科の博士課程に在学している野原君に出会った。彼は、タマキビガイという貝を研究しているので、彼のような動物屋さんと出会ったのには驚いた。彼は、このシンポが植物を対象としている人ばかりなのを知らなかったという。私も、ポスター発表をしたのだが、ほとんど見向きもされなかった。そこで、野原君をつかまえて、話を聞いてもらった。植物中心とは言っても、高等植物の花や性の進化に関するテーマもあり、植物の雌雄性と昆虫間の相互作用みたいな話も聞けるので、野原君も熱心にポスター発表を聞いてまわっていた。
 学会で、つき合う相手のいないときほどさみしいものはない。その晩、早速、野原君を誘って一杯飲んだ。京都にしては、こぎれいな店で、開店したばかりらしく、花輪が入り口に飾られていた。私と野原君は同じ系に所属しており、講究も一緒に行っている仲であるが、一緒に酒を飲んで話をすることはほとんどない。系のコンパでも、院生の数が多いので、じっくり話をするということはまずない。日常的に忙しすぎるということもあるが。
 ところで、京都から帰って数日して、熱を出してしまった。それでも急がなければならない仕事があったので、徹夜に近い仕事をした。すると、てきめん、昨年来、流行っていた悪性のカゼにやられてしまった。それでも、しなければならない仕事があり、最初の うちは、医者にも行かず、毎日、大学に出てきた。さすがに、39度の熱が出ると、仕事は出来なかった。幸い、土・日と続いたので、2日間のあいだ寝込んだ。去年の残りのカゼ薬を飲み、その後ようやく高熱はおさまった。それからが辛かった。新学期が始まり、会議、会議と続いたと思うと、今度は授業と学生実習である。前期は、月曜の夕方に講究があるほかは、火曜から金曜まで講義と実習である。最初の一週間は、ガイダンスだったりするので、まあ、何とかこなした。さすがに、大学院の講義はガイダンスなぞ必要としないので、準備も何もなしで始めたが、それはひどかった。毎日、気力が無く、生きた心地がしなかった。この1年、大晦日から正月にかけて、論文を書き、土・日も休まず大学に出てきたのが祟ったようだ。もう、何もする気がないという状態がしばらく続いた。好きだった酒もまずく、生きているのが辛かった。
 今期は、基礎セミナーを2つ受け持っている。水曜と金曜に、1年生を相手にするのだ。少しばかり熱に浮かされながら、これからのセミナ−の進め方を話した。すると、1人の学生に、先生、今何をやっているんですか、と聞かれてしまった。そのような状況を、何とかしのいだ。そして、これからも辛い日々が待ち受けていると思うと、暗澹たる気持に陥った。
 ところが、まだ、咳は出るものの、2周目に入って、ようやく気力が戻ってくる気配が感じられた。ビールがうまく感じられるようになった。セミナーの学生さんはたいへん真面目で、やる気がある。私は、春の暖かい日差しを浴びて、生き返った、と感じた。
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