新フィールドノート
−その32−



愛知万博と海上の森
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 昨年6月に、モナコで開かれた国際博覧会協会の総会で、2005年の万博が日本で開催されることが決まった。1995年の閣議了解では、「会場区域設定、会場整備・利用計画の具体化にあたって、会場候補地の自然環境の保全に十分に配慮し、地元での継続的な対話を通じてより一層の合意形成に務める」ことが合意されている。これを受けて、すでに設立されている国際博覧会協会が今年から2年間にわたって環境アセスメントを行うことになっている。昨年、わが国でも初めての環境アセスメント法案が公布されたが、その施行は二年後である。しかし、現在計画されている万博は、 世紀における初めての万博であるから、新しくできたアセス法にもとづいて行われるべきという意見もある。
 「環境影響手法検討委員会」が、昨年末から、万博についての環境アセスメントをどのように行うかについての方法を検討している。3月中にはその報告がまとめられる予定である。この「検討委員会」のメンバーの中には、万博が海上の森の自然環境に及ぼす影響について、たいへん心配している者もいる。しかし、一番の問題は、現在計画が進められている愛知万博が終わったあとに、海上の森を愛知県は住宅地にし、学術研究都市として開発を進めようとしていることだ。名古屋瀬戸道路という大きな道路が海上の森のどまん中を突き抜ける計画もある。
 この「環境影響手法検討委員会」は、新しいアセス法の趣旨を生かすといっているが、実際には、アセスを形式的に統一するだけで、愛知県の開発計画まで責任を取ることにはなっていない。むしろ、万博は、その後の開発を促進させる役目を果たさざるをえない。アセス法のかなめは、計画の段階で代替案を複数用意して、環境に対する評価をすることにあるのだが、わが国の新しく出来たアセス法には、その規定はない。また、住民との合意形成に関しても、きわめて不十分である。昨年 月に「万博アセス市民の会」が結成されて、この「検討委員会」に意見を提出することになっている。
 この「検討委員会」の中間報告では、生物多様性の保全の項目とは別に、生態系の保全の項目が加えられている。これは従来のアセスにはない新しい点である。しかしながら、生態系については、専門的な研究が進んでいないので、評価自体がたいへん難しいことが予想される。
 私の専門に関わる森林について言えば、この「検討委員会」の中間報告書でも、里山の雑木林についての評価についての項目はない。
 里山の雑木林は、大昔から人間によって伐採され、薪炭林として利用されてきたものである。海上の森もかつてははげ山化したところもある。植林や砂防の努力がなされてきたのも事実である。愛知県をはじめとする行政側は、このような人間と森林の関わりを逆手にとって、現在進められている万博計画を合理化しようとしている。昨年、橋本首相は、カルガリーとの誘致合戦で、「新しい自然を創出する気構え」を強調した。これは通産省の考えを受けたものだ。この背景には、東京大学農学部の竹内和彦氏の里山観があると見ることができる。海上の森の大部分は、現在コナラを主体とした二次林である。だがその林床には、アラカシの幼木が多い。ところによってはツブラジイの実生も散在する。これらの二次林は今では伐採されなくなっている。放置しておくと、シイやカシの常緑広葉樹林へと遷移してゆくことが予想される。だから人間の手を加える必要がある。私もそれには異存はない。人間の手を加えるのだから、公園にしたり、住宅地にするのも含まれる。愛知県はそうあからさまに言ってはいない。しかし、実際の都市計画はそのように進んでいる。瀬戸市でしかり。日進市では、万博を前提にした都市計画が議会で通ったという。外堀をどんどん埋めている。そのような実態は、愛知県民は、ほとんど知らない。
 ところで、里山保全の方策はどのようなものが望ましいのだろうか。里山の二次林は、これまで農山村の農林業に従事している人たちによって維持されてきた。したがって、ボランティアで芝刈りや下草刈りをしたり、炭焼きで森林を利用することが必要だという考えもある。それはそれで大いにやればよい。だがしかし、金太郎アメみたいにみんな真似する必要はないと思う。私には、いいアイデアがある。観察会を大いにやって、そのたびに林の中に踏み込むのである。そのついでに、ツブラジイやアラカシの実生を踏みつけるのである。常緑広葉樹の後継者を痛めつければ、落葉広葉樹の雑木林が維持できるというものだ。少々大きめの幼木はシカやカモシカに成り代わって、いたぶるのだ。このようなお金のかからない雑木林のうまい維持・管理法があるのだが、お役所仕事は矛盾した話だが、予算を立てると、そのためのお金を使う必要があるので、お金のかからない方法はまずいそうだ。
 私には、雑木林の維持・管理に関するさまざまなアイデァがある。生態系の多様性を増すために、シフティング・モザイク・カッティングというかつての焼き畑を応用した方法もある。だが、残念ながら、今の行政は、雑木林の維持・管理を真面目に考えているわけではない。開発を進めることが至上命令なためである。愛知県がほんとうに自然環境に配慮するようになったら、私の出番だと考えている。

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