新フィールドノート
−その26−



上高地
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 7月25、26日と、わが情報文化学部の野外実習で、上高地へ出かけた。
 初日は、JR高山線で高山まで行き、バスに乗り換え、平湯へ赴く。平湯のバス駐車場のすぐ裏手に、ウラジロモミとミズナラの針広混交林がある。イチイ、コメツガ、トウヒなども交え、ブナ林の構成要素でもあるムシカリ、ハウチワカエデ、コシアブラ、ウワミズザクラ等の広葉樹も多い。標高からみても、ブナ林が成立してよいはずであるが、どういうわけかブナはごくまれにしかない。岩の多い斜面を下り、渓流沿いに近くなると、サワシバ、ケヤマハンノキ等の湿地性の種が出現する。
 2時間ほど森林の観察を終え、またバスを乗り継ぎ、福地温泉へ向かう。福地温泉の宿に荷物を置き、また、すぐに実習を始める。温泉街の裏手に、渓流が流れており、そこにはオノエヤナギ、ケヤマハンノキ等が渓畔林を形成している。そのすぐわきに、10メ−トル以上にも達する土石流の堆積層が横たわっている。かって、大規模な山崩れによる土石流が、この福地温泉街の谷全体を埋めたに違いない。同行した伊藤先生が、福地温泉街の谷の地形とその形成の歴史を説明する。堆積した地層を構成している岩石の成分は、焼岳の噴出物と類似のものであるという。
 夕食後、穂高連邦を含む地質に関する解説を受けた。そのあとは自由時間となり、12時頃ふとんに入った。隣の部屋の学生たちが、夜中の三時まではしゃいで騒がしく、なかなか寝付けなかった。台風9号が、いよいよ間近に接近しているという情報も不安の種であった。翌朝、8時に朝食を済ませた後、バスで平湯まで引き返し、平湯から上高地に向かった。亜高山帯の針葉樹林を縫って、阿房峠を越える。風がかなり強まってきた。もう、今さら、引き返すわけにはいかない。
 上高地は、雲でおおわれ、どんよりとしていた。上高地は、台風の接近が嘘のように、人で賑わっていた。まずは、午前の部の実習を始める。バスの終点の駐車場を後に、近くのコメツガ林に入る。本来の亜高山帯針葉樹林とは異なり、オオシラビソが見られない。コメツガの他に、サワラやウラジロモミが混じる。林床には、ゴゼンタチバナ、ホガエリガヤ、イワセントウソウ等の亜高山帯の植物が花を咲かせている。
 北海道と上高地に隔離分布するケショウヤナギの並ぶ梓川河畔で昼食を取る。焼岳の火山噴出物とその上における植生の遷移を観察するはずであったが、台風の影響が懸念されるので、早めに引き上げることにした。松本まで出て、中央線で名古屋へ向かう。学生の中には、普通列車で帰るものが多く、時間が遅くなると、台風のまっただ中に突入する可能性もあって、心配であった。だが、幸い、台風9号は、力が弱まり、たいしたことはなかった。


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