新フィールドノート
−その17−



東山丘陵
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 私の所属する情報文化学部が3年目をむかえ、3年生の野外実習を行うことになった。 そこで東山丘陵で地形と植生の関係をテーマに取り入れて実習を行うことにした。東山丘陵は、昔から森林の伐採によって維持されてきた里山の二次林である。現在では、伐採は止んでいる。
 東山丘陵は、戦時中、森林を伐採しすぎて禿げ山になった。それで尾根の部分はアカマツ林となってしまっている。現在では、戦後50年も経って、東山丘陵はほとんど森林で覆われている。しかし、時には当時のおもかげを偲ぶことができる。
 本文中の一連の写真は八事霊園の一画である。あるときお墓の拡張工事で森林が伐採され、裸地ができた。その裸地にはアカマツが侵入しはじめた(写真A)。戦後間もなくの状況が観察された。裸地の一画には雨水によって雨烈も形成された(写真B)。1977年の頃であった。ところがそれから8年後には、侵食が進んで、その雨烈は峡谷となった(写真C)。八事の地層は、礫が多く、堆積年代も比較的新しいので、侵食されやすいのである。地上を森林が覆っていると、木の根が張って、土壌の侵食もやわらげられるが、裸地化するといかに侵食が進むかがわかる。写真Aの8年後では、アカマツが成長してアカマツ林が形成されつつあった(写真D)。自然の破壊作用も大きいが、自然自身の回復力もそれなりに大きい。
 この場所は、環境教育にかんする学生実習の場として最適であった。ところがその後自動車道が貫通し、裸地も森林も消えてしまった。
 今回、学生実習の場に選んだのは、この自動車道によって消滅を免れた谷間である。その道路に接してサクラバハンノキの湿地林がある。以前には、その周辺にシラタマホシクサも生育していた。シラタマホシクサは都市化の進行によって、絶滅の危機へとおいやられていると聞いている。
 幸い残された谷間の湿地には、この辺では珍しいサワギキョウの群生が見られる。8月から9月頃に開花するので、ちょうど夏休み明けの実習時期に見ることができた。


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