新フィールドノート
−その16−



穂高岳右俣谷
名古屋大学情報文化学部 広木詔三


 今年の名古屋は去年やおととしと比べて熱帯夜も少なく、過ごしやすかった。太陽の黒点活動が11年周期で変動していると言われているが、今年の異常な涼しさは、この黒点の活動周期と関係してはいないだろうか。
 今年の春は、なかなか暖かくならなかったが、右俣谷でも同様であった。これまでは、5月の中旬ともなれば、右俣の谷では、雪渓もほとんど融けるのに、今年は5月の下旬まで雪渓が残っていた。サワグルミの実生の現われる時期を確かめようと、いつもの年より早くから右俣谷に足を運んだのだが、最初の数回は無駄足に終わってしまった。雪渓に覆われていては仕方がない。
 右俣谷の沢の崩壊で、私の実験計画が失敗したことは前号で紹介したとおりである。崩れた跡は、土砂で木が押し流され、林が破壊され、裸地が形成された。裸地化すると、草や木に覆われていた時とは異なり、地表の温度較差が増大し、雪が凍って融けにくくなる。写真(a)は、今年の6月2日に撮った崩壊斜面の様子である。崩壊地の部分にだけ雪渓が残っている。谷の底の方では、なんと、8月の11日でも、雪渓が残ったままだった(写真b)。
 崩壊した斜面では、土砂で覆われて裸地のままの部分と、シダやその他の多年生草本が根っこごと流されてきて再生して緑に覆われた所とがパッチ状に広がっている(写真c)。この裸地の部分に、どのような樹木の種子が飛んでくるのか、そして、このような崩壊した林がどのように回復してゆくのかを見きわめることの出来るチャンスはそう多くはない。右俣谷の沢崩れによって、本来の私の研究は打撃をこうむったけれども、このような破壊された森林の再生を調査できるまたとない機会である。
 私は、早速、この崩壊跡地で、今年発芽してきた樹木の実生を調べることにした。その結果、サワグルミが最も多く、ウダイカンバやヒロハカツラはわずかであった。広大な裸地の場合は、小さい種子を大量に生産するウダイカンバの方が有利であると考えられるのに対して、それほど大きくない裸地では、比較的大型の種子をつけるサワグルミの方が有利であるということが実証できそうである。


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