新フィールドノート
−その126−
釜臥山
広木詔三
愛知大学の豊橋キャンパスで地球環境問題という授業を担当している。日本の経済の高度成長期の公害問題からはじまり、オゾン層の破壊、さらには地球環境問題を論じる。そして原発とそれを避けて、持続的社会の維持のためのエネルギー論で締めくくる。昨年はフクシマの原発事故を含む三月十一日の東日本大震災が起こり、それに触れざるを得ない。
地球温暖化の問題については、大気中の炭酸ガス濃度が増大していることはキーリングのハワイ島における一九六〇年代測定によって、周知の事実となり、私も地球の大気の暖まるメカニズムについて、名古屋大学での授業で取りあげたことがある。
その後、地球温暖化批判が盛んになり、問題の核心が分からず、愛大での二〇〇九年の最初の授業で苦労した。温暖化批判を展開して当時マスコミで著名であった武田邦彦さんの本を読むのは苦痛であった。彼の専門は資源材料工学であり、名古屋市が行っていたリサイクルの不備とまやかしをついた点は高く評価しうるが、彼の専門外に関する部分では誤りも多い。
しかし、問題は専門的な気候学者からの地球温暖化論に対する批判で、その批判と反論の議論は正直言って難しかった。
それでも二年目は、かなりの文献に目を通し、温暖化を警告する側と批判する側のおおまかな違いを把握し、まがりなりにもIPCCの第四次計画報告書の意義を少し理解できるようになった。
真鍋淑郎の英文の論文を取り寄せて読んでみたが、門外漢の私にはきわめて難解であった。しかし、この論文は大気の気温の鉛直方向だけではなく、水平方向の輻射も考慮したモデルであり、現実の大気の気温の状態をかなりうまく説明できるようになったという。
科学は批判を受けてより発展するという面がある。だが、上記の真鍋論文を無視した批判はまとはずれの可能性が高い。
最近、大河内直彦の『チェンジング・ブルー気候変動の謎に迫る』(岩波書店)という本を手に入れた。気候変動のメカニズムを理解する上での最良の解説書である。海水温の変化を酸素同位体比で推定するということはずっと昔から聞いてはいたが、その根拠を研究の発展史から解説している。南極の氷床のボーリングから過去の気温の変化を読み取る方法の詳しい説明もある。これまでのさまざまな謎が氷解する。十万年単位どころか千年単位で急激な気候変動を示す現象も見つかって、それが結構頻繁に起こっている可能性があるという。
昨年三年目の授業は、地球温暖化論はほぼ掌握したので、もっとゆとりをもって取り組めるはずであった。ところが三・一一である。原発問題をフクシマという観点から全面的に見直さねばならなくなった。
日曜日は洗濯をし、妻の食事を作り、部屋の掃除、新聞紙の処分等をこなし、昼過ぎに家を出て、バスと地下鉄を乗り継いで、どこかで軽食をとる。
矢場町の地下鉄を出て、ジュンク堂書店へ足を運ぶ。たいてい一冊か二冊、本を買う。原発事故関連の特集のコーナーがあるので、たまにそこで原発関連の本を手にいれる。たくさんある中から、新聞の書評欄に載ったものでこれはというものだけを選ぶ。神戸新聞社から出た東日本大震災の写真集はよく出来ている。あとで買おう。後から出た河北新報社の写真集は津波災害が中心で、原発事故に関してはきわめて弱い。
ある日、三・一一から半年も過ぎた頃、原発の特集のコーナーが消えてしまった。あわてて店員に原発特集コーナーの本がどこにいったか聞いたが、知らない、とそっけない。執拗に尋ねると、担当した店員を紹介してくれた。かなり奥まった書棚にその神戸新聞社の写真集はあった。福島第一原発の一号機から四号機までの事故後の写真が載っている。新聞よりも鮮明で見やすい。写真集を手に入れて安堵した。
最終的には二十冊ほどの原発事故関連の書物を手に入れた。原発に関する三回目の授業を十二月十九日に行った。拾い読みしておいたところを丸一日かけてまとめてレジュメを作成した。参考文献には選りすぐりの八冊を選んだ。
その一つは小出浩章の『小出裕章が答える原発と放射能』(河出書房新書)である。福島原発事故と放射能の危険性の問題はこの一冊で間に合うほどよくまとめられている。彼は、原子力発電の危険性を認識し、批判的であったため、助教のままで昇任できなかったという。すごい人が居たものだ。三・一一以降、御用学者が失墜して、マスコミも注目せざるをえなくなったということであろう。
福島原発の危険性を察知して東京電力や経済産業省を批判した元福島県知事はある種の謀略で知事を失脚させられたという。佐藤栄佐久元知事自身が本を書いている(『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』平凡社)。
その他核燃料サイクルの問題(『破綻したプルトニウム利用 ─政策転換への提言』緑風出版)や政治家の暗躍(山岡淳一郎『原発と権力 ─戦後から辿る支配者の系譜』ちくま新書、赤旗編集局『原発の闇 ─その源流と野望を暴く』)などがある。
核兵器を製造しうるプルトニウム量を生産して保持しており、ウランと混ぜて燃料として再利用しようとしているが、それは国際原子力機関の批判をそらすためであるという。
国・官僚・財界・電力会社・御用学者・メデイアが一体となって形成してきた原発の『安全神話』が崩壊したのである。だがまだまだ油断は禁物である。
原発関連の本の中で、恐ろしい本に出会ってしまった。鎌田慧の『ルポ下北核半島原発と基地と人々』(岩波書店)である。その中に「軍事化される半島 ─謎秘める自衛隊基地群」という章がある。その中にミサイル防衛用レーダー(FPS-5)の話が出る。それは高さ八メートルほどの白い建造物である(写真)。怖い話というのはそのことではない。南の沖縄、北の下北を中心とする青森県というわが国の軍事体制を知らしめされたからである。
下北半島の釜臥山山頂に建っているミサイル防衛用レーダー
この原稿を書いている間に会議や授業が入っているので、今回はなぐり書きに近い。ご容赦ください。
つい最近、N・ オレスケスとE・ M・ コンウェイの『世界をだましつづける科学者たち』を手に入れた。タバコ産業界のタバコはガンと無関係というキャンペーンに積極的に加担した科学者たちが居るという。有力な地位を占め、政治家と協力し、上記のプロパガンダを押し進めたという。驚くべきことに、それと同一人物たちが専門家でもないのに地球温暖化論を批判し有力なメデイアが取り上げ、その批判が広まったという。世界中が一時的に惑わされた。
前々号の釜伏山の伏は臥が正しい。訂正してお詫びします。
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