新フィールドノート
−その12−
北 海 道
名古屋大学情報文化学部 広木詔三
国立大学の1人当りの旅費は、1年で約6万円である。1つの学会に出席しただけで足の出ることも多い。「科研費」という特別枠の申請をして、それに当たれば旅費も使える。ところが、私は、1昨年まで、「科研費」なるものに申請をしたことがない。成果がすぐに上がりにくい研究をしているため、「科研費」には当たりにくいのである。
というわけで、学会に出たついでに足を伸ばして、いろいろな地域を見学してくる。1昨年、日本植物学会が北海道で開かれた。北海道の天塩中川の道立演習林に、佐藤創(はじめ)さんという知り合いがいたので、学会の終わった後に天塩中川まで出かけて行った。
それには、ひとつの目論見があった。佐藤さんの話によれば、天塩中川より北の海岸にはカシワが分布していないというのである。そのかわりにミズナラが海岸に分布しているというのである。私の理論では、ミズナラは海岸に分布しえないはずである。そこで、この目で確かめるために、佐藤さんに車で案内してもらった。
不思議なことに、石狩海岸や東北日本の海岸林を形成するカシワが道北ではミズナラに代わってしまうのである。多分、北海道のミズナラは本州のミズナラと遺伝的に大きく異なっているに違いない。おそらく氷期にも北海道に残って隔離されたミズナラは、冬の寒さと雪に適応して海岸にも進出しえたと思われる。道北のミズナラは、本州のミズナラと違って、当年の枝の付け根に予備の冬芽をたくさんつけている。厳しい寒さで、葉が枯れても、また再生するという仕組みである。いつか、道北のミズナラの起源を探って見たいと思った。
佐藤さんは、海岸のミズナラの他に、アカエゾマツの天然林を案内してくれた。アカエゾマツは、蛇紋岩地帯に分布するという。マツの仲間は、競争力が弱いので、競争を避けて、厳しい環境に分布するという性質をもっている。本州では、絶滅していたと思われていたアカエゾマツが、岩手県の早池峰(はやちね)山の蛇紋岩地帯で発見されたことは、われわれ森林を対象としている仲間では、つとに有名である。残念ながら、写真は北海道のトドマツである。
佐藤さんに別れを告げた後、せっかくなので、私は、稚内(わっかない)へと向かった。いつしか木の背丈が小さくなり、広大な湿原地帯を通過し、稚内に到着した。私は、すぐさま反対側のホームの急行に飛び乗り、それから延々と札幌まで列車に揺られた。ほぼ1日、車中であったが、北海道を制覇した気分で満足であった。
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