私の百名山 −その13−
信州・金峰山(2598m)
附属病院 中條 保
はじめに
今年の夏は、丹沢山系の河川キャンプの事故が悲惨な結果になって多くの話題を提供した。もともと自然界には多くの危険が潜んでいて、その法則を知って私たちは行動しているが、一般には非日常の生活場面では経験が乏しく、自然界の法則を無視しがちである。水のこと風のこと、崖崩れ、水はけ、そんなことを考えて私たちは行動したい。経験に奢らず、惰性に陥らず尊い教訓としたい。
そんな私も、この夏は梅雨前線の下で越後駒ケ岳の山頂小屋で一人、丸一日足止めを食ってしまった。大雨洪水雷警報が発令され、降りしきる雨と雷に進退窮まる40時間の山小屋生活を強いられた。携帯ラジオで絶えず情報を得ているので心強いが、初めての経験である。紙面の都合で後日報告したい。今回は昨年の夏、休暇で登った信州の金峰山を紹介しよう。初心者で中高年の妻を伴っての登山は、これから登る方々の参考にもなるかと思う。

山域と位置
秩父多摩国立公園でも西のはずれ甲州と信州の境を成す東西に連なる2500m級の稜線上には東から順に甲武信ヶ岳(本誌210号にて紹介)、国師ヶ岳、朝日岳、金峰山、瑞牆山と連続した岩稜尾根が続く。とくに最後の瑞牆山は登山道の至る所、重畳とした花崗岩が露出、累積して圧巻である。今回の金峰山も山頂には「五丈岩」をはじめ大きな岩が累々と重なっている。山頂からは北に浅間、西に八ケ岳、南に富士山、東に雲取(本誌213号にて紹介)、両神(本誌211号にて紹介)の秩父の山々を望むことができる。深田久弥はその著書「日本百名山」のなかで「山容の秀麗高雅な点ではやはり秩父山群の王者である」と述べているが、そのすそ野の大きさ、巨岩怪石に圧倒されたのではないだろうか。はたまた秩父には、それほど秀麗な山はない。ということにもなる。
高原列車と緑の牧場
中央高速道路を走ると諏訪・茅野を越え、小淵沢を過ぎると急勾配で甲府へ下る。途中の須玉ICが出口であるが途中の小淵沢ICで降りて八ヶ岳公園道路を走っても良い。やや左手前方に連なる山塊が目指す奥秩父山地である。今回は山梨側からではなくて長野側から登ることにする。国道141号線は「佐久甲州街道」とも呼称し、JR小海線と並行して走る。その「高原列車」は、緑の牧場に赤い屋根の牧舎を縫って、青空の下、八ヶ岳の峻峰を仰ぎ、白樺並木に「ヤッホー」のかけ声がこだまする高原を行く列車である。戦後の復興に掛けた人生の先達が「青春」を求めて山に入る。今、山は中高年のあこがれの地でもある。
信濃川上(しなのかわかみ)村
小海線は全国でも最高地を走る清里駅\野辺山駅間(1375m)がよく知られている。明日登る信州、甲州を分断する東西の県境尾根が八ヶ岳に交わる鞍部を南北に通過する地点だ。野辺山の次が「信濃川上駅」でそこを右折(東に入る)し、千曲川に沿って点在する集落の中を遡行して源流に入って行く。道路は整備され立派な舗装道路が畑まで続いている。東面前方には、武州と上州を隔てる県境稜線が南北に立ちはだかる。道は川上村役場を左手に見て、「居倉」の次の「秋山」の集落で右折南下する。2車線の高原野菜の運搬道路を栽培地を見ながら登って行く。猿害から作物を守るために山側には網やネットが張られ、金網に電流を流している。最後の集落が「川端下」(かわはげ)で集落入り口に古風で立派な木造の神社の鳥居が建っている。
高原のキャンプ場「廻り目平」
「川端下」を過ぎると道はY叉路にさしかかる。左は峰越林道で東股沢に沿って国師ヶ岳の鞍部へ行く。右は西股沢に沿って廻り目平に行く。松並木の舗装道路を5分も走るとゲートに到着する。ゲートをくぐると右手の村営宿泊棟で入山の手続きをとる。テント1張りの料金を払う。入浴やシャワー等完備されたキャンプ場だ。白樺林に囲まれた広い敷地の一角の静かで安定した緩やかな斜面にテントを張る。翌日のため、早めの夕食、荷物のパッキングを済ませて就眠する。
天気は快晴
午前4時30分起床、食事は途中ですることにして、洗顔トイレを済ませ、おむすび、お茶を用意して5時30分出発。テント場を出ると右に林道を行く。しばらくは白樺林の広いテント場が続く。金峰渓谷の流れに沿って50分歩いて朝食にする。太陽が昇り体温が上がってきたので朝食をとる準備ができてきたのだ。大きな花崗岩が流れに洗われ美しく光る。流れの脇の岩に腰掛け、持参したおむすび等の朝食を楽しむ。川原の流れで顔を洗って、歯も磨いて、いざ出発。(6時20分〜50分朝食休憩)ブナやカラマツ、白樺等の樹林に覆われた川に沿う林道を気分よく歩いて行く。
いよいよ登りにかかる
中ノ沢の分岐点で休憩する。ここまでは未舗装であるが川に沿った広い林道をきた。ここからは沢を渡って尾根路に入る。「最終水場、ここから山頂まで2時間30分」の標識あり。美しく豊かな清流で喉を潤し、顔を洗う(7時25分〜35分休憩)。シラビソの生い茂る中を山道はジグザクに登ってゆく。途中、女性1人、中高年男性2人、4人、青年1人が金峰小屋より下山してくる。8時20分〜30分、路傍で休憩する。「山頂へ1時間20分、小屋へ1時間」の表示地点を8時40分に通過。ひと登りすると少しなだらかな路になる。9時05分小休止。シラビソの密林、陽光が射し、苔むす立派な庭園だ。お茶、お菓子で補給。9時13分出発。
金峰山頂小屋に到着
10時08分稜線の取り付きに建つ山頂小屋に到着する。樹林限界の小屋東側にトイレがあり、使用料は志の表示あり。清掃、処分が大変だなと思う。カリント、お茶で補給。西に八ヶ岳、北に信州の山並みが青空の下、どこまでも続く。10時18分山頂に向かう。小屋を西から南に巻くと西に巨岩が聳え、その向こうに三角形の瑞牆山の岩峰が望まれる。南には東西の縦走路の岩肌がハイマツの緑に化粧されて日本庭園のように緩やかに縦走尾根を形成している。小屋が下に見える頃、大きな岩が敷き詰められた階段路を登って行く。踏み石は山頂まで続くが時折、動く石(浮き石)があるので注意して歩こう。危険なところはないから焦らずゆっくり行こう。
山頂は広い巨岩の陳列場
11 時00分山頂に到着。朝、5時30分の出発であるから、朝食、休憩を含めて5時間30分を費やしたことになる。弁当や水筒などの重いものは私が背負って、着替え、雨具の類はそれぞれが持参しての登りである。初心者の中高年を伴っての登りであるから私は遠足気分であるがノンアルコールである。山頂は岩がゴロゴロしていて歩きにくい。次から次へと登山者が登ってくる。30人ほどはいるだろうか。南の方の広場を挟んで「五丈岩」が聳えていて、その袂で昼食を広げる。おむすび、缶詰、つけもの、お茶と質素な食事も運動の後はおいしい。食事を終える頃、西(瑞牆山方面からか)の縦走路から30人ほどの一大団体がやってきた。装備や服装を整えた中高年の一団は、賑やかに晴れがましくひとしきり山頂を極めた感激を味わっている。11時40分に山頂を発つ。
金峰山頂小屋
12時10分、5分間のトイレ休憩。小屋の外では男親が子(男)連れで昼食を取っている。北と西方面の写真を撮る。緩やかに樹林帯に入って行くとシラビソやアスナロの密林は、風雪に耐え、時を経て根本に苔やツツジを従え、見事な日本庭園を造っている。12時50分、10分の休憩を取っていると、下から外国人2人を含む学生風の6人が軽装で登ってきた。緩やかな下りは、登りに通った路なので気分は楽である。真夏だが軽装の登山者は少し心配である。
中ノ沢に下山する
13時50分、2時間かけて下山する。早朝からの登山でかなり消耗が激しいが登り切った満足感が大きい。再び清流に汗を拭き、顔を洗ってお茶、お菓子で10分の小休止。あとは林道に沿った道をゆっくり行けば1時間余りで着くはずだ。だが、30分歩いて疲れが激しいので豊富な水量と岩峰が印象的な山を振り返りつつ、清流で10分の休憩をする。15時15分キャンプ場に帰着。早朝に出発してから延べ9時間45分の行程であった。それほどの急登はないし、危険個所もない、道標もあり、迷う場所もない。問題は天気と体力、気力が必要である。水分だけは十分に持ちたい。

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教職員委員会 私の百名山
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