魔 言



母語と母国語

   
 似た言葉だが、全く別の概念、これを混同していることが多い。日本にはこれを混同しやすい要因があるが、はっきり区別する必要がある。
 ある部局での助手の募集要項に「英語を母国語とするもの」という一項があった。これに厳密によるならば、いかに英語圏で育ち、つまり、英語を母語としていても、国籍が日本とか、中国とかではだめなことになり、逆に米国籍さえ有れば、英語を一言もしゃべらない人でも、スペイン語を母語とするスペイン系の住民も、アジアアフリカ系の市民もいいことになる。「母国語」とは母国の公用語のことで、たまたま、日本では、アイヌ語を母語とする人々以外は、日本語が母語であり、母国語であるということだ。
 言葉を研究対象としている人にすらこの誤りがままある。病、膏肓に入った感じだ。しかし、間違いは間違い、正さねばならない。なにより、母語と母国語とは違うという認識そのものが第一だ。日本はその点特殊で、その認識を持ちにくいことは確かである。しかし、アイヌ人にとっては、アイヌ語こそが母語であり、母国語の日本語とは異なる。世界中では、こんなことはザラ。インドネシアの例はわかりやすいだろう。インドネシア人の母国語はインドネシア語だ。これは、大部分のインドネシア人にとって母語ではなく、小学校に入ってから習う。母語はそれぞれちがうのだ。ジャワ語、スンダ語、ミナンカバウ語等々、言語の数は三百もあるという。こういうところでは、母語と母国語との違いは明瞭である。Mother Language または Mother TongueとNatinal Languageの違いである。日本語で、母語・母国語が混同されるのは、用語まで似通っていることに象徴されるのかも知れない。
 世界に言語の数は数千もある(正確には言えない。二三年前の新聞に、当時、六千とあり、五十年後には四分の一に減っているであろうとあった。百年前には一万五千もあったと書いてあった。いずれにしろ、正確に数えることは至難)。ところが、国語は国の数とそんなに違わない。現在、二百弱の国の数、国語の数は大体そのくらい。一つの国で複数の国語(=国家語・公用語)を持つ国があるかと思えば、同じ言語が他の国でも国語にされていることもある。英語・スペイン語・ポルトガル語などはその典型。
 ともあれ、母語と母国語は違う。別の概念であることをきちんと覚えておく必要が、特に日本人にはある。 
 先頃、アメリカカリフォルニア州で、「英語と母国語の二つの言語での教育を廃止するかどうかについての住民投票があって、廃止することになった」ということを伝えるNHKのニュースではこれを「母国語」と繰り返しいっていた。これが誤った用語であることは、いうまでもない。
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教職員委員会 魔 言
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