カルー高原を下る
河合利秀(理学部)


 南アフリカのサザーランド天文台からケープタウンまでの道は、約370kmの距離である。
 大カルー高原はまだ真冬並の寒い風が吹き荒れているのに、山々に囲まれた谷間では、そろそろ咲き始めた花々や、芽吹いてくる草木の景色がすばらしい。一週間前、R354で初めて登ってきたときは、マイキスフォンテーンからの山肌にオレンジ色の花がたくさん咲いていた。
 この花は、福寿草のように花が先に咲く。地面から直接花だけが一面に咲いている光景は異様で不思議だ。地獄か天国か、地層がむき出しの山肌も十分見なれない光景であるのに、さらにこの花によって、我々が別世界にいることを知らされる。R354号線でマイキスフォンテーンまで南下する。この間90km。一週間前より、花の咲いているところが標高の高いところに移動している。わずか一週間の違いに、春の足音を感じる。
 R354号線は片側1車線の舗装道路だが、制限時速100kmの看板が立っている。数Hおきに大きな樹木は道ばたに植えられており、そこが休憩所となっている。最初の峠道までは直線に近い。峠を下るところでは制限時速が80kmなどと表示してある。この峠道は所々落石もあり、とても80kmでは走れない。このあたりは山の斜面に地層が現れており、この地が地球上もっとも古い大地の一つであることを思い起こした。
 峠道が終わると、延々と直線道路が続く平原となる。天文台の周りには野生の動物がたくさんいたので、R354号線でも同じように動物と遭遇するのではないかと思っていたが、全く見なかった。羊、牛、馬といった、人間が持ち込んだ家畜がわずかに目に付いた程度だ。マイキスフォンテーンまでの90kmで、対向車に出会ったのは3回だけ。そして途中で追い越した故障車を入れても、4台の車しか会わなかった。いかに人口密度が低いか、わかってもらえるのではないだろうか。
 マイキスフォンテーンまでくると、南側には大きく褶曲したなだらかな山脈が広がっている。地層が見事に波のように曲がりくねっていて、そのままの形が山となっているのだ。マイキスフォンテーンからはN(国道)1号線を西に向かう。この道は交通量も多くなる。それでも、前後を車が占めることはほとんどない。N1の制限時速は120kmである。まるで高速道路のような走り方で行くと、大型トレーラーは60km程度なので、追い越すことになる。
 路側に退避帯があるので、後ろから高速で近づいてくる車には道を譲るのがルールのようだ。 譲られたらさっさと追い抜いて、ハザードランプを2回ほど点滅してお礼の意を示す。譲った車からライトのハイビームで返礼がくる。この光による挨拶は気持ちがいい。約100kmほど走るとウーセスターの町である。ここで給油しないとガス欠となる恐れがある。特に、ケープタウンから来る場合は、サザーランドまで給油所がないので、必ず給油しなければならない。
 ここには数件のスタンドがあって、店員はみな愛想がよい。この町あたりから葡萄畑が広がっている。南アフリカはよいワインの産地として最近有名になった。
 瀟洒なワイナリーを想像されるかもしれないが、貧富の差はアパルトヘイトが廃止されても簡単には消えない。
 ただ、南アフリカ望遠鏡の職員は白人も黒人も皆仲良く仕事をしていた。もちろん食卓も一緒である。州知事や村長さんは黒人である。力を合わせて自分たちの国を作ろうという気分が伝わってくると感じるのは、僕の独り合点かもしれないが、明るい雰囲気であることには変わりない。
 ユグノートンネルの手前は、2000m級の山が左右に迫っている。その頂には雪が輝き、急峻な岩肌とともに、その険しさを強調しているかのようだ。ユグノートンネルをくぐるとパールやステレンボッシュといったワインで有名な町が続く。白人の作った町で、古いワイナリーも多く、観光名所ともなっている。ちょうどお昼時となったので、ペールに寄って昼食をと考えた。一度ペールの町中を走ってみる。N1からペールに向かうと、エアーズロックに似た岩山がペールの町の背景に迫ってくる。ハイキングコースもあるようなので、一度登ってみたい。ペールはきれいな町並みだが、すぐに郊外に出てしまった。もう一度引き返して、観光案内所で近くのワイナリーを訪ねると、親切かつ丁寧に教えてくれた。教えてもらったとおり行くと、立派なワイナリーがある。この中にレストランもあるという。教えられたままに立ち寄ったこのレストランで、僕たちはすばらしい時間を過ごした。
 ギターとヴァイオリンの二重奏による音楽会付のランチであった。よく知られた民謡や音楽をアレンジしたアットホームな演奏で好感が持てた。ヴァイオリンは低音がきれいな奏者であった。
 ギター奏者が音楽をコントロールしているようで、非常にきれのよい伴奏を行っていた。多分、相当の時間をかけて、コンビをつくってきたに違いない。月に一回ぐらいコンサートを開いているとのこと。生活の中に生の音楽が息づいているのはいいなあと思った。
 コンサートのあと、初老の紳士が僕に音楽会の感想を求めてきたが、十分答えられなかった。もし自由に英会話ができたなら、さぞかし会話がはずんだことだろうに。とても残念でならない。
 ここでのワインの価格は20〜30ランド程度。日本円で600円から900円である。30ランドも出せば、すばらしいワインが楽しめる。おみやげ(サザーランド天文台で待っている若い人たち用の)のワインを適当に買い込んで、一路ケープタウンへと向かう。
 ケープタウンに近づくにしたがって、車の量も多くなり、斜線も片側2車線以上となる。ケープタウンではテーブルマウンテンが目印になって、どこにいるかがわかるのだが、道が高速道路のようになっていて、一つ間違えるととんでもない所に出てしまう。この日も目的地に向かう道路に出ることができずに、方向違いの道をたどることとなった。が、それはそれ。多少冒険をするつもりで日本食の専門店を探す。残念ながら日曜日は営業していなかったが、存在していることを確認した。滞在期間が長くなるので、日本食が入手できることを確認しただけでも十分満足。ケープタウンの天文台近くにあるホテルは閑静な町並みの中にある。近くにSPARマートがあり、ここは日曜日でも営業しているので、生活必需品を買い込む。10日ほど前、このすぐ近くのレストランで爆弾テロ事件があったとのことだが、このあたりは安全だという。
 帰りは夜のドライブとなった。夜は神経を使う。N1では対向車のヘッドライトがまぶしく、前方の視界が狭くなる。マイキスフォンテーンからはR354に戻る。途中、あまりにも星空がきれいなので、人工燈火のない山道で車を止め、しばし星空を眺める。頭上に天の川、南十字星、そして、うっすらと小マゼランと大マゼランが見える。生まれて初めてみるマゼラン星雲であった。


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教職員委員会 カルー高原を下る
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