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科学
日本の素粒子物理学で相次ぐ大きな成果!


 今年7月、日本の素粒子物理学の分野で、相次いで物理学における重要な成果が発表された。ここでは、短信での行数を超えて、少し詳しく報告する。
 現代素粒子物理学の基礎課題は、「質量の起源あるいはヒッグス粒子の発見」「CP対称性の破れ」「ニュートリノの質量」の三つである。このうちの二つの課題に、日本の科学者を中心とする研究グループが大きく寄与している。

 その一つは、ニュートリノの質量に関わることである。これには「ニュートリノ振動」が確実であるという観測と、「τニュートリノ」の直接検出という、二つのニュースである。

 ニュートリノに質量があるとすれば、ニュートリノは「μニュートリノ」「電子ニュートリノ」「τニュートリノ」の三つの状態で存在し、相互に変化する。これを「ニュートリノ振動」と言う。従って、ニュートリノの質量を調べるには、「ニュートリノ振動」を詳しく観測すればよい。

 「ニュートリノ振動」に関連する実験研究は三つの段階を経ている。

 「ニュートリノ振動」の発端は、太陽ニュートリノの観測であった。
 それは、岐阜県神岡にあるニュートリノ検出器(カミオカンデ)によって捉えられた太陽ニュートリノの数が予想値より少ないことであった。この観測結果は、太陽起源のニュートリノが、途中で変化して失われるとすれば説明がつく。つまり、この観測は「ニュートリノ振動」を予言したものだった。
 そこで、第二段階として、「ニュートリノ振動」を確かめる実験が用意された。
 この実験は、つくばの高エネルギー加速器研究機構(KEK)から多量のニュートリノを発射し、カミオカンデを更に大きくしたニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」(SuperK)でニュートリノを検出し、その差を観測しようとするものである。
 もし、KEKのニュートリノ数にくらべ、SuperKで捕まえたニュートリノが少なければ、それはニュートリノ振動によって失われたことを意味する。この実験において、かなりの確率でニュートリノに質量があるという結果を得た。
 第三段階は、以前に紹介した「OPERA」実験(かけはし2000年2月号)である。
 これは、欧州共同研究所(CERN)から、大量のニュートリノを発射し、イタリア中部にあるグランサッソ研究所の地下検出器によって、「μニュートリノ」が「τニュートリノ」に変化するところを直接観測しようというものである。この実験は2005年実施を目指し、準備を進めている最中である。

 ニュートリノに関するもう一つの発表は、「τニュートリノ」の直接観測である。
 素粒子の標準理論では、これまで12種類の基本粒子があると予測されていた。そのうち、ただ一つ未だに直接観測されていなかったのが「τニュートリノ」である。
 「τニュートリノ」の直接観測は、米国フェルミ研究所の大型加速器を用いた、日米を中心とする国際共同研究である。この実験では、名古屋大学が中心的な役割を果たした。
 「τニュートリノ」の直接検出は、原子核乾板(写真フィルムのようなもの)の技術と、ファイバートラッカー(素粒子が通過すると光る細長いファイバーを規則的に並べ、素粒子の通過した位置を検出するもの)が重要な役割を果たす。原子核乾板とファイバートラッカーは、どちらも名古屋大学のオリジナルな技術である。
 「τニュートリノ」の直接観測は名古屋大学のみが可能であることから、「OPERA」実験における名古屋大学の活躍が期待されている。

 もう一つの大きなニュースはBファクトリー実験によってもたらされた。この実験によって「CP対称性の破れ」を実証する観測結果が得られたのだ。
 この成果は、「宇宙創生期における反物質の消滅」というミステリーを解明する手がかりを与えるものである。

 Bファクトリー実験とは、つくばにある高エネルギー加速器研究機構(KEK)の、2つの大型加速器によって、電子と陽電子(反電子、電子の反物質)を互いに反対方向に加速し、正面衝突させる。これでB粒子と反B粒子を大量に作り出し、その性質を詳しく観測しようというものである。
 この実験の解析により、反B粒子の寿命がB粒子よりわずかに短かいことを90%の確率で確認できたというのが、今回の発表である。米国スタンフォード線形加速器の実験でも同様の実験を行なっており、同じような傾向であることを発表した。
 どちらも、今後実験を重ね、解析を進めれば、99%の確率で物理学的にも確実といえるデータを得られるであろう。
 この実験の意義は、「小林・益川理論」の正しさを証明したことである。

 「小林・益川理論」以前の物理学では、基本粒子のクォークは3種類しかないと考えられており、物質と反物質は同じ物理法則(CP対称性)に従わなければならないとされてきた。それに対し、「小林・益川理論」は、物質を構成する基本粒子が6種類以上あれば、「CP対称性の破れ」を説明できるという画期的なものであった。
 「小林・益川理論」の起源は1971年名古屋大学の丹生潔氏(現名誉教授)らによって発見されたチャーム粒子にある。
 このとき、小林誠氏、益川敏英氏は、共にこの究グループに属していた。ここで、第4のクォークであるチャームが見つかったことから、クォークが6種類あっても良いのではないかとする考えが生まれた。この考えは、1972年「小林・益川理論」としてまとめられた。発表当初、注目されることのなかった「小林・益川理論」は、第5のクォークが発見されたことで、にわかに脚光をあびた。そして1994年フェルミ研究所において6番目のトップクォークが発見されるにいたり、「小林・益川理論」は世界中の物理学者に受け入れられ、「標準理論」へ取り入れられた。しかし、「小林・益川理論」の「CP対称性の破れ」は、いまだ実験的には直接証明されてはいなかったのである。

 KEKのBファクトリーは、まさに「小林・益川理論」のいう「CP対称性の破れ」を、B粒子を大量に生成することで確認しようというものである。
 これが実証されれば、「小林・益川理論」とともに、その実証実験もノーベル賞級の研究として国際的に評価されよう。名古屋大学の理学部はBファクトリー実験に深く関与しており、今回の実験にも貢献している。

 ここまで紹介してきたように、名古屋大学は素粒子物理学の分野で大きな役割を果たしている。これは素粒子物理学を切り開いた坂田昌一先生以来の伝統である。
 名古屋大学の素粒子物理学が国際的な成果をあげているのは、名古屋大学の自由闊達な精神を土壌にして、理論と実験が車の両輪のように競い合って発展してきたことと、研究支援体制が充実していることを示すものである。
(河合利秀)  


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