魔   言
−その26−



本離れ

   
  夕方、近所の会社の事務所から数人の若者が連れ立って出てきた。大声でしゃべっている。これからどこかへ繰り出すのだろう。聞くともなしに耳に入ってきた。「ぼく、大学の時、一冊も本を買わんかった」「俺も、テキストって買ったことがなかった」……と。  なるほど、数日前、数十人の受講生があるのに、指定した教科書が3冊しか売れなかったということを聞いた。コピーですませるというのも多いが、こういう連中は、そもそも何も読まないのだろう。コピーすら撮らないだろう。   私も大分世の中とずれてきたらしい。或る授業で、教材をコピーして配り、次回からこれを題材にするから読んで置くように指示した。勿論、全員がそうするとは思わなかったが、実際に授業をして分かったことは、二十数人の学生、一人として目を通した者が居ないということだった。こういう手合いは、恐らく、大事なことも放ったらかしにしておいて、いざ、自分が不利益を蒙る段になると大騒ぎをして、きちんと言ってくれなかったとか、教えてくれなかったとか言ってごねるのだろう。そして、それが通用してしまうのだろう。   製造物責任というのも、これと似たところもある。作った者に予想もできないような使い方をして、失敗したとか、ひどい目にあったとか、怪我したのなんのといって、製造者に難癖を付ける。たまったものではない。もっとも、製造者に元々悪意があり、十分危険が予知できるようなものは別である。爆弾や地雷などは危害を加えるのが目的なのだから、悪質だ。製造物責任といって大騒ぎをするどこかの国の人々が、こういう危険な物を大量に作り、又、売りさばいているのを黙っているのは、解せない話だ。   話がずれてしまったが、本を読まぬ連中がやがて、この両方向に行くように思えて成らない。  又違う話だが、我が学生時代、テキスト3冊の代金を先に徴集して置いて、遂に、2冊しか呉れなかった先生も居た。今は亡き人だから忘れがたい。
〔田〕  


天気予報

  東海地方は、6月9日に、長期予報の通り、平年並みの日に梅雨入りした。   最近の天気予報は、本当によく当たるようになった。友人の一人が言う。「余り、天気予報通りになるので、面白くない」「雨だといったら、必ず雨だから、天気になれと思っても、期待がもてない」などと苦情とも、冗談ともなく言う。   気象衛星からの情報、その他、種々の情報を総合した結果であろう。予報の進歩は大した者だと思う。   ほんの少し前には、天気予報は当てにならぬものの代表みたいなものであった。「明日の日和を、かもめに聞けバー、わたしゃー立つ鳥、波に聞け、ちょい」なんて歌もある。天気予報に関しては、本当に色々な、馬鹿馬鹿しいとも、面白いとも、色々な話がある。「明日は雨になる天気でない」などという、句読点なしの、万能天気予報もある。これなら、雨になっても、いい天気になっても当たったことになる。   かの佐藤栄作元首相は、あまり、面白い話題のない人だが、彼にもとっておきの話がある。曰く「わるい物を食べたときには、気象台に向かって、手を合わせて『気象台、気象台』と唱えよ」と。「当たらないように、当たらないように」ということだ。沖縄返還を無償で決めたこと、この話が、彼の宰相の二大功績だと思う。   それにしても、当たらなければ、文句を言われ、当たっても、特別に感謝されるでもなく、むしろ、期待をそぐものと思われる天気予報、人間の身勝手さを余すところなく示しているものと思う。
(田)  


先約を守る

  一度決めた予定を変更すると、どうも間違えたり、どういう予定であったか、混乱してしまうことがある。手帳に予定を書くという習慣がないので、変更が記憶の中できちんと書き変わらないからだろう。だから、むやみに予定を変更することは好きでない。手帳を使わないというと、よく覚えておれますねと感心されるが、書くのが面倒だし、手帳を忘れて大騒ぎをしていた人を見て、自分だったら、手帳を探す時間ばかりいるだろうなと思い、手帳という者は使わないのである。   年間計画など、かなり念入りにみんなで作る。しかも、後で別の予定が入って変更になることがよくある。ただ、私はよほどのことがなければ変更を申し出ないようにしている。よほどの事というのは人の生死に関わるようなことだ。それ以外では、先に作った予定を優先する。   この私の癖ともいえる習慣は子供の頃からのことだったらしい。それをよく叱られた。融通のきかん奴だといって。前もって、予定が重なるように見えることがある。それを心配していたら、お前はバカだといわれた。そんなことは、その時に考えればいいこと、取り越し苦労だと。確かに、今考えてみればその通りだ。しかし、その頃は大人はなんとズルイのかと思った。   そのくせが今も抜けきっていないのだろう。相変わらず、予定を変えるのが嫌だ。よほどのことがない限り、先約を守る。守れないような約束はしないことにしている。徒然草にいう田舎者の朴念仁なのだ。融通が利かない人間なのだ。
(田)  



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教職員委員会 魔 言
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