新フィールドノート
−その5−
明治溶岩横断記(2)
名古屋大学情報文化学部 広木詔三
前回、三宅島の明治溶岩上を苦労して横断した話をしました。しかし、それがどういう目的なのかについては触れませんでした。
森林の多くは面積も広く、調査にたいへん労力がかかります。これまでは森林の一部を調査して、森林全体を把握しようとします。それはそれで一つの方法なのですが、空間的な広がりをもった森林の特徴をつかむのには、それでは十分でありません。現在の世界的な趨勢は、できるだけ広い面積で、できるだけ長時間にわたって調査する方法が取られはじめています。
とくに、森林の移り変わりを問題にする場合には、空間的などのような配置の部分を調査したのかのデ−タがないと、ずっと後での比較が不可能なのです。私の先生が、1942年に、この明治溶岩上で調査した報告書を出しているのですが、ほとんど比較が出来ません。私が明治溶岩上を横断しようとしたのは、自分の取ったデ−タの空間的な配置を知るためだったのです。500メ−トルにわたって、一度紐を張りましたから、それをもとに、200メ−トルの幅の区画を設けて、その中でのおおよその位置を確認しながら、その後の調査を行なうことが出来たのです。
オオバヤシャブシという樹木が最初に進入した後に、タブノキやスダジイが進入してくるわけですが、調査の結果、タブノキはすでに明治溶岩上全体に進入してしまっているのに対して、スダジイは、まだ一部にしか進入していません。種子をつける大木のみについて、その位置を記録したのですが、正確さは保証できません。ところが、たまたま林道沿いの一画が伐採されて、見通しがきくようになったため、双眼鏡で確認すると、記録とほぼ同じパタ−ンの配置をしていることが分かり、安心しました。
次に、次の世代を担う実生(みしょう)や稚樹の分布を調べて記録しました。その結果、明らかになったことは、スダジイの分布の拡大のスピ−ドが予想以上に速いということでした。オ−ストンヤマガラというヤマガラの仲間がいて、スダジイの実を食べることは良く知られていますが、まだ、この鳥がスダジイの実を遠くまで運ぶかどうかまでは分かっていません。
今は、9月の半ば。三宅島では、もうスダジイの種子が熟して落ち始める頃です。16日の夜半から17日の明け方に、伊豆諸島を直撃した大型の台風12号は、三宅島のスダジイにどんな影響を及ぼしたでしょうか。思いだします。かつて、ぎりぎりの予算で調査に行った時のことです。台風のため船が岸につけずに、あわや、もう一泊か、となりました。その時は野宿です。2時間、祈るように海を見つめていました。幸い、ほんのひととき、海が凪いで船が出ました。
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