魔 言



入試全廃騒動

   
 平成13年4月1日の新聞各紙は、愛知県の新知事が、あと四年先に迫った愛知万博中止を決定したと発表したことを大々的に報じていた。愛知県議会の最大会派の自民党は、「県民に対する裏切りだ」と抗議。知事は涼しい顔で、「あなたがたを裏切ったかも知れないが、県民全体に対してはどうか」「環境アセスメントがうさんくさすぎる」「今更、貴重な自然資源を破壊してまでやる価値はない」などなど。県内は論争のウズ。知事のいわく「愛知県は名の通り知を愛する県でありたい。痴〈ち〉とはいわないが、値〈ち〉だけを愛するのはやめよう」と。
 その日の夕刊は名古屋大学学長の入学式告辞を伝えた。「諸君は入試に合格して入学する最後の学生だ。来年から無試験で入学して来る学生諸君に自分達は違うのだということを、創造力と想像力は乏しくても、実力はあるのだということを見せて、やっぱり入試は必要だということを認識させねばならない義務を負っている」と入試を実施することに未練たっぷりなお言葉。
 入学式は4月1日に挙行されることになって2年目。経済改革、教育改革をはじめ、あらゆる社会改革に失敗した、前内閣は四面楚歌、なすところを知らず総辞職。新内閣は野党連合と半分民間。改革は抜本的にしなければ駄目、小手先の手直しではあちこち矛盾だらけ、一所直せば、別のところが変になってその直しに明け暮れる。大学入試こそが、諸悪の根元というので多くの反対を押し切って全廃。この波紋は絶大だった。
 一番反対したの国立大学の教官達。試験を最大の楽しみにしていた人もあるから無理もないところ。自分のしたいことだけをやって学生をほったらかしにしていた教官諸氏も、本当に働かねばならないとうろたえた。大学外でも、産業界・実業界の反対は熾烈であった。今まで、実にいい加減で勝手気ままな就職試験をしていたところほど、これまでは大学入試をあれこれ批評していればよかったのが、今度は自分達がまじめに人選びをしなければならいから恐慌を来している。どうしていいか、いまだに見当も付かぬところが多いという。
 マスコミも大変だった。従来、大学入試はいいネタだった。ミスを犯すのをてぐすねひいて待っていた。広告料も激減。高校の校長会も表向き歓迎だがなんとなくしらけムード。
 塾産業は壊滅的打撃を受けるだろうという予想とは正反対。先手必勝、全部大学に衣替え、ちゃっかり今までの有名大学の分校になったり、サテライトと称して、全国に展開している。誰でもどうぞ、皆さんを世話するノウハウ我にありといわんばかり。私学は、威張っていたところは没落傾向、入学試験料収入がなくなるのを心配していたが、入学登録料をとって、一旦納入したものは絶対に返却せぬという。
 入試全廃を発表以来、さしもの中学生の暴力沙汰もすっかりなりをひそめ、暴走族も大学入学を目指して解散が相次ぎ、家庭内暴力も影をひそめ、登校拒否は目だって減少した。大学は、定員削減で四苦八苦していたが、入試にかかる人員が不要になり、余裕さえ出来、通常の事務は懇切丁寧をきわめるようになった。ただ、校舎の不足は、有名大学ほど深刻。そういうところほど、沢山の予備校を分校にしたりしたので、学生に馬鹿にされ、人気は平均化しつつあるともいう。小中高等学校も空き部屋が多いので、大学に提供を申し出ている。今や、小学生と大学生と老人とが同じ所で仲良くお互いの知識を分けあうことになっている。もう2、3年前から、学校の空き部屋は老人ホームに早変わりし、校庭は公園になっていた。
 入学者数のめどは多いところで、今の数倍と見込まれている。しかし、大学ブランドの無印化により、段々この倍率は緩和される見通し。ただ、この多いのも最初数週間、連休明けには二倍強に減り、夏休み明けには、通常に戻るところや、せいぜい1.5倍程になるだろうと推定されている。二重三重に登録している学生や、ためしに入学した学生がおり、一方、将来のメリットの無くなったので、親もやかましくいわなくなり、仕方なく大学に来るという学生が減ったり、勉強よりも他の事でというものが無駄に時間を過ごすまいとして、中学・高校卒業で向いた仕事を探したりすることが多くなり、早晩、落ち着くべき所に落ち着くだろう。それまでは、しかし、大変。
 入学した学生には、今までとは違い、入っても卒業できる保証はない。授業毎に、前回の復習の試験、これからの授業に対する予習の点検等等、連続の欠席は除籍の対象。教官は重労働、ために多くが過労死寸前、文部省も慌てて定員増に踏み切った。 
 これからがとても楽しくなった。
 今の世の中を見回してみると、何事も小手先の姑息な手直しでは、もはやどうにもならぬところまできている。改革は、抜本的で(言葉だけでは駄目)、物事の根本迫るものでなくてはならない。(T)
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