私の百名山−その29−
秀麗なる山形の山、月山(1984m)
医学部 中條 保

月山周辺概念図


月山はどこに
 月山は山形の山である。その全容の美しさから一見して火山であったことが解る。疑似アスピーテ型火山が噴出溶岩によって火口が塞がれたそうである。だから火口も現在の頂上辺りと推測するしかない。古くから山岳信仰の対象として登られ、「出羽三山」の主峰としても有名である。普陀落(ふだら=インドで釈迦が悟りを開いた山=日光の語源にも通じる[ふだらさん→二荒山(ふたらさん)→音読みで「にこうさん」→日光(にっこう)]や弥陀ヶ原、仏生池などの仏教用語の名称がついている。芭蕉も訪れ、奥の細道にも登場している。県中央部やや北寄りに在り、最上川を東から北にそして西に巡らせ日本海に注がせている。最近は春、夏スキーのメッカとして売り出し中である。標高のわりに道路網が良く整備されているので季節を通してハイキング客が絶えない。「磐梯朝日国立公園」の最北の地に位置している。

山形いいとこ
 山形駅に降り立つと西に朝日連峰が南北に横たわり東に蔵王連山がこれと並行に走り、南には飯豊連峰が遠くにかすみ、北に月山・葉山の山並に囲まれ、まさに四方を山に囲まれた山方(やまがた)県であることにきづく。山が有れば当然河川は流域に肥沃な沃野を作り上げ、その恵みは庄内、最上平野のおいしいお米を産出し、それを原料とするお酒もまた銘酒揃い。加えてリンゴや紅花(べにばな)、さくらんぼに代表される農産物が豊かである、また各地には温泉が無数に涌出し名湯、秘湯が揃っている。冬の雪がないなら住んでみたくなる所である。けれども、その雪がおいしい水や米やお酒、果物や野菜などの源とあっては冬将軍に対して失礼なことであり、これ以上の望みは贅沢の誹りを免れまい。空気と水と大自然の豊かな恵みに抱かれた食物のおいしい山形を大いにほめておきたい。

交通機関は
 前述の通り山形は周囲を山に囲まれた盆地である。最上川を中心に支流は数多くあり、あたかも血管のごとくくまなく県内を張り巡らしている。反面、交通網は人口過疎であるから厳しい運行を余儀なくされている。奥羽本線や山形新幹線、羽越本線などの主要な駅からはバス路線を利用する。羽越本線鶴岡からが良く整備されている。山形駅からは夏スキー用の「月山シャトル便」を利用すると便利だ。初夏の高山植物や湿原植物が多く、容易に観察可能な地点まで運んでくれるのも嬉しい。お問い合わせは、(0237)74−3300へ。私は、山形駅前のマツダレンタカーで1300ccクラスの乗用車を生協で予約して山に入った。レンタカーは荷物の調節が可能なのと帰路タクシーを呼ぶ手間もなく、また途中の観光地に立ち寄れたり、買い物したり、温泉に立ち寄ったりできるので大変に便利である。だから最近はよく利用する。

どの山へはどこからはいるか
 実は初めての山は、どこから入った方がよいのか迷うところである。地図を開いて目的の山頂を踏む最短経路やピストンはつまらないから周回コースは取れないか。その際、予定する日程に下山が可能かどうかとコースタイムに従って組んでみる。また、その山の写真や登山記録などを読み危険個所や難易度を把握する。そうしてこれまでの経験から想像力をかき立てながら想定してみる。夜明けや日没の時間帯、天気予報の直前までの情報。林道は安全か、車で何処まで入れるか。駐車スペースはあるのか。小屋がなければ最悪車でも寝なければならないのか。山小屋の所在地。どんな小屋か、収容人数の広さや管理人はいるか。無人でも利用は可能か。小屋が利用できればテントは車に置いていこう。しかし山小屋が混雑する時期はテントの方が熟睡できるので捨てがたい。日帰り可能なら余分な着替えや不用な荷物は車に置いて行くことが出来る。食料は現地のコンビニやスーパーが利用できる。そういうふうに計画を練り上げて行く。

紅葉の美しい月山へ
 10月初旬に東京から山形に向かった。早朝の駅頭は快晴で周囲の山々が出迎えてくれているようだった。駅前右手のローソンで弁当2個とパンや飲み物を購入。左手のマツダレンタカーで予約の車を受け取る。月山へは高速道路があるが早朝でもあり、距離も近いので(50kmほど)一般道路を行くことにする。駅前を北上し、霞城公園(戦国武将最上氏の居城跡)を抜けて左折し、西進して国道112号に出る。ほどなくして郊外に出る。農家の軒並みをかすめて走るが良く舗装され歩道もあるので走りやすい。寒河江市のバイパス道路沿いにはリンゴやサクランボの看板が多く名産地であることを伺わせる。北上する前方に月山の嶺峰がフロントガラスに飛び込んでくる。なかでもひときわ秀麗で緩やかなピラミッド型は主峰月山であることが初めての私にも一目でわかる。澄み切った秋空にハンドルも快調で高速を避けた方が正解だった。月山、蔵王が一望できる農村の中のバイパス国道を先頭車両について順調に走り、8時40分まだ1時間も走っていないが「月山湖道の駅」に到着。湖畔を見下ろす高台の駐車場に車を入れ、車内から湖や色付き始めた朝日の嶺峰を眺めながら朝食を取る。

月山姥沢駐車場
 六十里越街道と呼ばれ月山\朝日の山間を抜け日本海とを結ぶ国道112号はすぐに月山への起点である「志津」に着く。自然園散策やスキー客向けの民宿や旅館が10軒ほどあり、マイカーや観光バスがここから林道を登って姥沢岳の山麓に開けた駐車場に車を入れる。私も9時30分に到着したがもう駐車場には100台ほどの車で賑わっていた。周囲のブナや楓の紅葉が始まっていて嬉しくなった。少し曇っていて寒いのでウールの長袖を着る。足はニッカーズボンに軽登山靴。中型リュックに弁当、お茶、雨具、傘、ラジオ、カメラ、貴重品など日帰り最小限の装備にする。大リュックやシュラーフ、不用な衣類はすべて車に残す。目指す月山は山頂こそガスに覆われているが、ここからは全山を眺望し指呼の間にある。15分の準備で出発する。

牛首(志津)尾根コース
 牛首という名称は白馬の栂池スキー場や野沢温泉、あるいは那須岳など全国的にもよく聞く。田植え時、残雪が「牛首」に似ていたのか、地形の痩せ尾根が牛首に似ていたのか。いづれにせよ馬と言わず牛というところが、日本の農作業と共にいかに牛(べこ)が身近にあった家畜であるかを物語るものだろう。(もちろん駒も多いが)確かに月山から姥が岳への稜線は牛首に似て優しい曲線を描いている。西俣沢の深い切れ込みを右手に見て志津からの登山道に姥沢小屋裏で合流する。何と小屋前までの舗装林道の片側は駐車マイカーでびっしりである。50台は止まっていよう。危うく小屋前を通過しリフトで登る登山者のあとについて行くところだった。地図を事前に確かめなかったがほとんどはリフトを利用して姥ケ岳の中腹まで運んでもらうのだ。あとで聞いた話だが往復で1000円だそうな。何より私の主義に合わないので、車止めを過ぎて姥沢小屋を通過した辺りの対岸に登山道の標識を発見したので、すぐに姥沢に架かる板の橋を渡って小屋の裏に引き返し、志津尾根に取り付く。

牛首へ
 午前10時、姥沢小屋を通過。立派な小屋でまるで旅館のようだ。大きさ、設備も劣らない。登山道はこの小屋に沿って半周して裏手の尾根に取り付く。大勢の登山者が列をなして舗装林道をリフト駅に向かうのが見える。小屋裏手の尾根道は大きなブナの森で下草は背丈を超すクマ笹だ。いつものように熊除けにラジオを鳴らしながら、緩斜面を登り出すと左手斜面から沢水が湧出していて、道が至る所でぬかるんでいる。そのうち太陽も出てきて、背中を焼かれて暑くなる。ブナとクマ笹を潜って流れる水はかなり豊富である。中高年の単独登山者が下りてきて「6時30分から登っている」という。やがて中高年夫婦と若い夫婦も下山してきた。早朝に登った人が下山する時間なのだ。森林限界の草紅葉の木道で中年カメラマンが三脚を立ててナナカマドの紅葉を撮影している。「この辺りが最も美しい」と話していた。そこからは月山の山頂部が望め、牛首を登る登山者が望見できた。

最初の休憩(月山山頂を望む草紅葉)
 10時45分、ほどなく私も汗をかき疲れてきたので、木道が敷いてある片側で腰を下ろしてお茶で喉を潤す。誰も来ない木道が良く整備された静かな路だ。草紅葉と対岸の紅葉をながめつつ南に転じると遠く朝日、飯豊連峰が望める。休憩は10分である。これは機械的のようだが長すぎてもよくない。ある程度規則正しく休憩を取ることが疲れない登り方で、そうしたリズムを作ることが大切である。牛首はリフトや姥ケ岳からのそして月山からの登、下山者の合流点である。大勢が休憩をしていて、そこから山頂部南面のカジ小屋(加持祈祷のカジ?)直下には数珠繋ぎの登山者が渋滞しているのが見えた。まるで夏山の富士山直下の9合5尺の小屋の辺りを想起させられた。静かな草紅葉の湿原で休憩した私は牛首の登山者の前を通過して、カジ小屋に取り付く。かなり渋滞しているので階段状の岩を上り下りの客を避けながら軽やかに登って行く。

月山山頂
 12時に山頂「奥の院」に到着する。広い頂上部には100人ほどが思い思いに弁当を広げ休憩をしている。北部が少し小高くなっていてそこに小さな山頂小屋が立っていてすぐその先に月山神社がある。石垣に囲まれた10畳ほどのスペースに小さな石の鳥居を潜って立つと庄内方面に大きく切れた谷間に紅葉が美しい。その向こうは鶴岡の市街地だろうか。さらに向こうが日本海だ。小屋でフィルムを交換し、カジ小屋上部の芭蕉の句碑が立つ広い頂上部で昼食にする。ご飯は食べたくなかったので、お茶とケーキ、パンなどで軽い昼食休憩を取る。

姥ケ岳経由で下山
 山頂を昼過ぎだと時間配分にも余裕が出来、もう少し他を歩いてみたくなる。牛首から姥ケ岳を経由して下山する事にする。山頂から見えていたとおり稜線漫歩の快適な遊歩道として良く整備されている。切石が敷き詰められた階段状の路を歩いて13時30分草紅葉で覆われた緩やかな稜線を姥ケ岳に到着。かえりみる月山はすっかり曇に覆われて休憩して写真撮影をしていると寒くなってきた。月山や姥ケ岳の中腹は紅葉が鮮やかで最高の美しさだ。緑、赤、橙、黄色と素晴らしい色彩だ。写真のみ撮って急いで下山する。途中、牛首下の分岐あたりから山形大学の男子学生2人と出会い一緒に下山する。「スキーは苦手だ」とか、山形の山を余り知らないので変だなと思ったら、「大阪と長崎出身」でこの4月から1年生になったばかりだという。

月山姥沢駐車場
 15時15分に到着すると駐車場は300台ほどに増えていて満員だ。道路にも片側駐車でびっしりだ。今日一日で1000人を越す人出だ。寒くても歩くと汗ばむ。シャツとズボンを着替えて出発してまもなく、下山して先行した二人が林道を歩いていていたので、彼らを乗せて、駐車した「自然園」まで4kmほどを送る。「山形に来てから軽自動車を買った」そうな。それから私は、明日からの食料買い出しに西川町のスパーに出かける。町の入口まで来ると、車が渋滞していてなかなか進めない。弁当とパン、コロッケや天ぷら、飲料等を購入して翌日からの登山基地に向かう。

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教職員委員会 私の百名山−29−
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