私の百名山 −その22−
1991年8月入山
例によって昼間の内に食料などを買い出しし、1日の仕事を終えて駐車場に集合して出発する。名古屋から飯田、諏訪湖を越えて「韮崎」で中央道を下りて南進し、途中から西進して山に入る。御勅使川に沿う路を上流へと走る。川と山に抱かれ点在する芦安の集落を過ぎると路は山道となり曲がりくねって夜叉神峠へと登って行く。鳳凰三山を右手にその山腹を林道は時に隧道を潜りながら広河原に下りて行く。深夜に到着しヘッドランプの明かりを頼りにテント場所を確保し設営する。車は道脇の駐車帯に並べる。夜半タクシーやマイカーでやってくる遅い登山者に何度も起こされる。早々に起床し、テントを撤収し、食料などパッキングを急いで出発する。 広河原 北アルプスの上高地に相当する位置にあり、北沢峠へはここから野呂川に沿って西に村営のバスが林道を登ってくれる。お陰で甲斐駒ヶ岳や仙丈岳への登山が容易になった。私たちの目指す北岳へはここから南に野呂川を渡って樹林帯の中を御池小屋を目指す尾根コースと大樺沢の沢路を行くコースがある。天候や好みでコースを選択すればよい。私たちは沢路コースを辿った。雪解け水は豊富に足下を流れているし八本歯沢と御池小屋の分岐には雪渓もあり夏山としては贅沢なコースだ。ほぼ一直線に登る沢路は大勢の登山客であふれていた。 八本歯沢 途中休憩しながら、抜きつ抜かれつの沢路は至る所で水が溢れていて猛暑にもかかわらず涼感が漂って、睡眠不足や肩の重荷も忘れさせてくれる。刻々と高度を増す沢筋から振り返ると広河原が足下に小さく見える。その上に左から右に一直線の山並みが見えてくる。それが鳳凰三山である。このとき翌年に登る気持ちにさせたのだろうか。本誌7月号を参照していただきたい。臨場感や立体感が多少でも味わえるのではないだろうか。3時間ほど歩いて八本歯沢に出会う雪渓下で朝食にする。キュウリやトマトの重い生ものから消費して行く。源流の清水で洗った贅沢な野菜サラダは前半のエネルギーの源だ。洗顔や歯磨きを済ませて後半の登りだ。山では洗顔も出来ない場合があるから、出来るときにしておくことが大切だ。 八本歯峠(コル) 雪渓が多くなると右手に北岳の東面の一枚岩の岩盤(バットレス)が現れてくる。路は左手の小さな痩せ尾根に取り付き、木製や鉄製の梯子や階段を登る。ダケカンバやイタヤカエデ、トウヒの灌木と岩肌に助けられて補助階段が連続する。そのときバットレスを登る小さな登山者が見えた。ザイルワークで岩肌を登る姿は蜘蛛の糸のようだ。涼感に満ちた岩登りの人たちを眺めながら2時間あまりで八本歯峠(コル)に到着する。北岳から東に伸びる痩せ尾根は8つのピーク(8本の歯に見立てた)から成っていて「池山吊尾根」に連なっている。冬山に登る岳人達は、夜叉神峠からこの池山吊尾根を経て八本歯峠に至り、北岳に挑む。沢路は冬は雪崩の巣窟だから危険なのである。とはいえ狭くてようやく休憩できる程度の八本歯峠(コル)に腰を下ろして休憩する。 北岳山荘 山荘の脇がテント指定地なので、山荘の許可(使用料を払う)を得て、稜線の影の風下にテントを設営する。山荘は超満員であり稜線に登って夕焼けを眺める人出は至福に満ちた笑顔である。私たちもその中の一員となり周囲の山々を赤く染めて沈み行く宇宙の天体ショーに酔いしれた。苦労して登ってくると自然の営みが大きな感動として増幅するのである。なぜなら自らの足で登って、3000mの高度環境に去来する自然の風や雲や朝日や夕日、高山に咲く可憐な草花に囲まれるとき、自らもその自然の中の一員に同化するからではないだろうか。テントの夜は早く、朝も早い。 北岳に登る 八本歯峠から北岳山荘に登ると北岳のピークを踏まないことになる。もしもこの北岳のみに登るなら、北岳山荘に泊まって翌日北岳のピークを踏んで御池小屋を経由して帰れば、広河原を出発して楕円形に一周することになり、往きと復りを異なった路を通ることになり、多くの自然に接することの出来るコースといえる。もちろんその逆コースも成り立つ。私たちは、南に縦走していくので、早朝に出発してご来光を拝みに通常1時間の道のりを空身で短縮して登る。富士山を眺めて早々にテント場に引き返し、朝食を済ませてテントの撤収とパッキングを急いで縦走に出発する。 稜線漫歩 天気さえ良ければ、左に富士山を眺め、南には荒川、赤石の3000m級の稜線を眺め、足下のお花畑を鑑賞しながら鼻歌の一つも唄いながら歩ける稜線であるが、天候が悪化すれば慎重な行動が要求され一気に緊張感が走る。午前中の晴天も農鳥からは霧雨と濃霧に巻かれてしまった。雨具を付けて少々歩き辛いがゴアの雨具は強い見方だ。天候が悪化すると景色や花を愛でる余裕もなくなってくる。ひたすら飛ばされないようにひたむきに歩くのみである。その方がよそ路しないでよく歩けることもある。風も出てきて大門沢の下降点に急ぐ。農鳥岳と広河内岳の鞍部にある下降点には木製の大きな標識が建っている。 大門沢小屋から奈良田温泉へ 3000mの稜線から一気の下りはきついものがある。麓の奈良田までは7時間の下りであるから、下りのみで一日のコースだ。飽きるというか、膝が笑うというか恐怖すら感じる。農鳥にも小屋があるが北岳からでは少々近すぎる。私たちは10時間ほど歩いて大門沢小屋まで下り、そこでテントを設営したと思う。それでも下降点から3時間コースである。写真がないので設営の記憶が定かではない。体力に自信がない場合は農鳥の小屋泊まりをお勧めしたい。テント縦走の場合は登りもさることながら、下りが特にきつい。下降するスピードが速ければ早いほど荷物の重さが膝の負担となるので、2〜3時間歩いて休憩などすると膝のふるえが止まらない場合がある。 奈良田温泉から広河原へ 大門沢小屋から奈良田発電所までは4時間の下りである。山麓に近づくと大きなブナやミズナラの大木が目に付く。発電所のダムサイトにはタクシーや旅館の迎えの車が待っていた。私たちは奈良田温泉に入浴し、食事を取ってゆっくりと帰宅することにした。4日ぶりの入浴と落ち着いた食事に山での生活に別れを告げて、呼んで置いたタクシーに広河原まで送ってもらう。早川の上流は白鳳渓谷でさらに上流は野呂川であり、甲斐駒、仙丈が源である。その渓谷に沿って林道は何カ所もの隧道を潜って走る。電源開発用の林道なので一般車はほとんど走っていない。いつ落石があってもおかしくない危険な林道なのである。それだけにいくつもの瀧を見ることもできる景観の地でもある。 広河原から名古屋へ 3日ぶりに駐車した車の所にタクシーを付けてもらい、荷物を載せ替え広河原を後にする。入浴を済ませているので身軽な気分である。温泉でビールを一杯くらいは飲んだかもしれない。それでもゆっくりと休憩し時間も経過しているので、気分はさわやかである。8月4日、今日も晴れて暑い一日であるが無事縦走を成し遂げて林道を走り、南アルプスの峰峰に別れを告げて、夜叉神峠を後にする。 |
大樺沢を詰める 八本沢のコルから白鳳三山を望む 北岳山荘の登山者も夕日を見物に稜線に登る 早朝、ご来光を拝みに北岳に登る 富士山が正面に迫る 山荘のテントサイト、朝食 |