私の百名山



両神(りょうかみ)山(1,723m)
文学部 中條 保


何処にある山か
 関東平野の西北西あたり、埼玉県の西部、秩父市のさらに西奥、中津川渓谷の源流、荒川の源流ともなるか。すぐ北側は群馬県、西が山梨県と長野県に隣接。県境を成す稜線上に有り、登山者からは「奥秩父」と呼ばれている。雲取山がすぐ南、先月号で紹介した甲武信岳が西に稜線を伝って行ける位置にある。交通は不便であるがマイカーやタクシーを利用すればかなり奥地まで入れる。戦前から日窒鉱山があり、今も少しは採掘をしているようだ。岩山に露出して何種類かの鉱物が産出されるようだ。秩父はセメントで今なお良く知られている。

交通機関は
 東京からは、西武池袋線で秩父鉄道乗り入れで終点「三峰口」で下車、そこからバス及びタクシーで最寄りの登山口まで入る。バスの本数や町営バスなどの利用者は、季節や休祭日の運行を確認しておく必要がある。JRだと上野から熊谷まで特急や快速(1時間に1本ある)で行き、秩父鉄道に乗り換え、終点まで行く方法が一般的。マイカーの場合は、行楽シーズンは混雑するので、時間帯や曜日に気を付ける必要がある。今回は、東京での所用を済ませ、上野発の午後の快速「アーバン」で熊谷まで行き、そこで秩父鉄道に乗り換える。始発列車なので充分腰掛けて行ける。車内は高校生や主婦など地元沿線住民の大切な足になっているようだ。田畑には秋の深まりを感じ、始めてみる景色に飽きることはない。山が深くなってくると、中津川の中流は「瀞峡」と銘打って船下りやカヌー等川遊びで有名だ。私は、その間、対象についての研究が不十分なので、車内で地図を広げ自分の歩くコースを再確認する。駅名の頭に「武州・・」と付くのが興味深かった。

「三峰口」へ
 熊谷から1時間で到着すると思っていたら、時刻表は快速の場合で、普通電車が多いローカル線は1時間 分もかかってしまい、最終のバス時間に間に合うかどうかと不安であった。なぜなら駅前で今夜と明日の朝、昼の食事と飲み物を買って、山では火気を使用しないつもりだからだ。それでなくても不要となった衣類や雨具は持って登らねばならない。確実に要らない物であればコインロッカーを利用する方法もあり、東京での用務中はこのコインロッカーの世話になった。さて、終点の「三峰口」に下車すると道路を挟んで反対側にバス停があるが、幸いにバスは来ていない。急いでバス停横の万屋に飛び込むが「弁当はない」「パンもない」で「カステラ」があるという。やむを得ずカステラにお菓子類、ドリンクを買って、バス停に戻ると、まだ、バスは来ていなかった。数人の客が時刻を確かめるうちに、5分ほど遅れてバスは来た。

バスで山に入る
 中型のバスが5分遅れで入って来た。中高年の夫婦と地元の親子連れ、若い女性の二人連れ、単独の青年が二人くらいだろうか。駅を出ると深い渓谷に掛かる橋を渡り、狭い舗装道路を曲がりくねって紅葉の美しい渓谷に入っていく。ひとしきり登り切ると少し緩やかな川に沿って温泉があり、さらに行くと小規模な住宅団地があり、ほとんどの客は 分ほどで下車してしまい私一人になってしまった。すっかり暗闇になった渓谷は、発電用のダム工事の最中のようだ。 分を費やしてバスは目的地の「出合」に 時 分到着。辺りは日暮れて暗闇である。バスはこの先、「中津川渓谷」まで行き、折り返してくるが、私の下車した「出合」バス停に若いサイクリング客が3人ほどいて、仲間の一人がパンクしたらしくバスの運転手に帰路の最終便に自転車を乗せてくれるように交渉。OKの返事を聞いて、私もリュックを背負って、暗闇の林道を右手にとって歩き出した。

暗闇から月明かりへ
 バスを下車するとすぐ右手のトンネルに入って行く。何も見えない素堀のトンネルは、ヘッドランプの明かりのみが便りだ。 mもあっただろうか長く感じるトンネルを抜けると右手に深い渓谷があることが流れの音で判る。左手は黒々とした絶壁が垂直の壁を作っていて、道はヘッドランプで照らすも充分の明るさではない。谷底をのぞき込むも、恐くてあまりのぞき込めない。ナツメロ等を歌いながら自分を励まして歩いて行くと、 mから mほどの素堀のトンネルを3本ほど抜けると日窒鉱山の作業現場がある。1時間ほど歩いたろうか。大自然の中での街路灯一灯のみでも救いのような明かりだ。再び漆黒の闇に入って行く頃、初めての自動車に追い越されほっとする。 分も行くと mほどの長い素堀のトンネルにさしかかり、さっき行った車か戻ってきた。その後2台ほど時間をおいて通過していった。トンネルを抜けた頃から「 日の月」が左手の南天山から県境尾根の中腹を明るく照らしだす。そこから 分ほど歩くと小倉沢地区という数戸ほどの集落があり、その入口に大きな木造の浴場やアパート群が数棟建っているが、人気はほとんどない。道路に沿った男女別浴場の入口には「部外者入浴お断り」の表示有り。しかし、もう今は使用されていない様子。鉱山の浴場であったらしい。奥の方で誰かが住んでいるのか明かりが洩れてくる。アパートにも一軒のみ点灯していて、洗濯物が干してある。そこから、 分ほどで、一般住宅も数件あり。消防団を名乗る青年が車を止めて、「気を付けて行くよう」忠告していった。

テントで泊まる
 集落を避けてなおも進み、歩き始めて2時間 分ほど経過して、林道終点近くの空き地でテントを張る。時折、野生動物の鳴き声が聞こえる。NHKの漫才を聞きながら3 のビールにつまみ、お菓子でお腹を満たし、コップ一杯の水で歯磨き後就寝する。

いよいよ山道へ
 午前2時トイレに起きる。満天の星空である。再度眠りにつく。午前4時、今日の日程を考え、パッキングを始める。星空が輝き、まだ暗くて寒いのでテントはたたまないで、しばしテント内に止まる。午前5時外に出てテントを撤収する。幕営地出発5時 分。歩き始めて 分で登山口の上落合橋に到着する。登山口の標識の脇に木造の階段が設けてあり、これを登る。右側の沢に沿って急な登りがジグザグを切って連続する。色ばみ始めたカラマツが混じる桧の植林畑を 分ほど登るとモミジの紅葉が美しい渓谷を振り返る。すると鹿がすぐ mほど先を横切って行く。人にも出会わず静かな山旅である。霧がかかって幻想的な谷間を登り詰めると小さな尾根筋に合流し急登になる。尾根筋を登り切ると広いカール状になった涸れ沢にクルミやモミジ、桂等を主体の林が紅葉真っ盛りである。あまりの美しさに朝食を兼ねて休憩する。ラジオ体操を聞きながら、時折、カサカサと散る落ち葉の音に獣かしらと脅かされる。お茶とお菓子で 分ほどの休憩をとった後出発する。明るい落葉樹林帯を 分で八丁峠に到着した。右手上の展望台に登るも、霧で眺望は得られず、トイレをすませ出発する。

主稜線へ
 峠は十字路であり、通過すれば群馬側「坂本」へ下る。右手縦走路は「西岳へ0・8 、東岳へ1・6 、両神山頂へ2・6 」の表示有り。振り返れば「上落合橋1・4 」と標識は完備されていて新しい。奥三河の明神山のような岩山が連続し、鎖場や急な登り、下りの繰り返しが多い。行蔵峠で5分間の休憩。行く先を眺めると両神のピークが垂直の壁のように聳えて望める。紅葉が美しいのがせめてもの救いだ。西岳は小さな祠のある小さなピーク。ここから右手に折れて東岳に向かう。9時 分東岳直下の岩場で右側の踏み後に沿って降って行くも、行き止まり。数分のアルバイト。すぐにとって返すと大きな岩を左手寄りに直登するのが正規のルート。坂本方面からピストンだという軽装の青年に追い越される。東岳のピークは休憩用の立派な木製テーブルが設けてあり、リュックをおろしてお茶とお菓子で休憩を取っているところに清滝小屋泊まりで山頂から降りてきたという上品な中年夫妻に出会う。坂本(群馬側)に降る予定という。

両神山山頂
 両神山の手前は、急な岩場と鎖場が連続する。 時 分山頂(1、723m)に到着。狭い岩のピークの上に立派な祠が建っていて、山頂はここでも剣が峰という。イザナミ、イザナギの両神を祀るところから山名が付いたという説。その祠の前で中高年夫婦がおむすびの朝食中だ。単独青年が写真撮影中で、私も彼と写真の撮りっこをする。単独だと風景写真ばかりで、自分の写った写真が撮れない。百名山は、よく登山客がいるので、こうしてお互いに撮ってもらうことが可能だ。そこへ一足遅れて彼と今朝知り合ったという中年の単独者が登ってきて「随分早いね」と会話が弾む。麓の方からは電車の音が聞こえてくる。山頂に着いた登山者は皆、日向方面の清滝小屋からのピストンだ。私は、これからの距離も長いので早々に出立する。

下山に入る
山は下山に事故が多い。「注意して行こう」気持ちを引き締める。山頂からの下りは、広く緩やかだが一気に降って行く。樹齢 から 年くらいは経ていると思われるミズナラや直径2尺は取れるケヤキの大木が数本目に留まる。この辺りに群生しているようで嬉しくなる。 分ほど降ると「ヒコノタワ」に着く。 時 分その広く明るい鞍部で昼食にする。尾根筋だが広葉樹の落陽で明るい。縦走路脇の木の根に腰をおろして缶ジュースを飲みながら万屋で買ってきたお菓子などで空腹を満たす。 分ほどの昼食休憩後、上り下りを繰り返し、大峠に 時 分到着。中高年の単独者が私を追い越して、先に休んでいた。逆に私の追い越してきた中年単独者もあとからやってきた。私より年輩者とおぼしきその単独者は、毎週のように百名山を歩いているとのこと。車が止めてある「白井差」に降るという。若い中年者は、少し足がつらそうである。二人とも白井差へ降るというので、ここで別れて、引き続き私は尾根筋を縦走する。が、「ここから悪場、足下注意」の看板有り。確かに踏み跡は落葉で消え、狭い痩せ尾根で、諸処に崩落有り。転落注意の表示有りで心細い。しかし、構えたほどではなかったが、年齢、体力が千差万別の登山者が訪れる山では、一応の警戒を促すことは当然かも知れない。梵天の頭からの眺望も得られず、主じ不在の測量用器具と背負い籠が青いシートを被せて放置してある。

一目散に下山
 黙々と下山するとカラマツの植樹林が黄色く黄葉する白井差峠に着く。木製の立派なテーブルに荷物をおろしてお茶、お菓子で小休止。辺りは桧の植林がされているが手が入っていない。道はやがてつづら折れになって、中双里の集落へと下りて行くが、杉と桧の植林された里山から麓の道路が見えてくるが、なかなか遠い。ジグザクに高度を一気におろして行く。 数軒の小さな集落が大きな中津川の清流に沿って山腹にしがみつくように軒を並べている。私は里宮の脇を降りて、集落の軒下を通って、バス通りに出る。

バス停に着き1時間歩く
 午後4時 分バス停に到着。バスが来るまで2時間近くある。木製のバス停の長椅子に座って、汗をかいた上半身全てを着替える。ズボンも替えて、バス停近くの自販機でジュースを2本飲み干す。次第に寒くなってくるので、バスが来るまで、渓谷を眺めながら歩くことにする。歩き始めて1時間ほどで暗くなってしまった。それでも歩き続けて、二つ目の「塩沢」で乗車。途中の渓谷美や紅葉を愛でることが出来たのは大きな収穫だった。ただ、道路が狭く車道のみで、それさえ曲がり角では危険であったり、曲がれないので対向車は待機する始末なので、歩行者用には出来ていないから大変に危険ですらある。

再び三峰口に
 昨夜の登山開始時、緊張して出発した地点に無事帰還。ジュースで喉を潤す。帰路は、西武電車で帰ることにする。時間的にも早く、費用的にも安い。秩父鉄道で「お花畑」という面白い名前の駅で下車し、西武秩父駅まで4分から5分歩かねばならない。踏切を渡って、反対側に少し登る。時間が十分あるので駅前と構内のモミジ祭りの案内を観察しながら、急行で西武池袋に帰る。
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